kandouya

月間テーマ

More

暗い?ダサい?オタクの「悪いイメージ」はもう古い

あなたはオタクにどんなイメージをもっていますか?

ここ数年の間にオタクという言葉自体は比較的ポジティブな使われ方をするようにもなり「オタク=気持ちわるい」という悪いイメージだけで語られることも少なくなってきましたよね。

それに加えて、ファンションオタクという言葉も出てきたように、オタクであることがひとつのステータスや自分の強みになるという感覚を得ている人もいます。

ただ「実際どうなの?オタクっていいの?悪いの?」という中途半端な認識のところにいる人が圧倒的に多いのではないかと思うのです。この記事では、オタクのイメージについて深く掘り下げていきます。

[ad]

なぜオタクが悪いイメージをもたれるようになったのか?

オタクに悪いイメージがついてしまったのには、いくつかの理由があります。オタクそのものが悪いのではなく、さまざまな理由が絡み合って悪いイメージが固定的になったと考えられるのです!。

少数派の趣味

いつの時代も、少数派の趣味や娯楽といったものは特別視されやすかったり、変わった人というレッテルを貼られやすかったりするものです。

今のようなアニメやゲーム、萌えキャラや秋葉系アイドル(すでに古い)が出てくる前にも、オタクは存在していたんですね。

今でこそ漫画もアニメもゲームも、普通の人が普通に楽しむ娯楽となり、日本を代表する文化になっているわけですが、昔はそうではなく「実は好きだけどこっそり楽しんでいる」といような位置だったわけです

特に高度経済成長期からバブルにかけては、みんなが競うようにして「華やかさ」をアピールする時代でした。流行も今のように多様化しておらず「国民みんなで一つの方向を向いて楽しもう!」という空気感が強かったですよね。

それが結果的に、少数派の楽しみを持つ人を孤独にさせてしまったり、自分の好きなことを公にできない風潮の発端ともいえるわけです。

しかし、そうした少数派の人たちは、自分と似たような感性をもった人に会うと感動します。「ここにも仲間が!」「自分と似ている!」と、少数派の仲間を見つけたと気の感動は大きく、それぞれがより強く結びついていくわけです。

すると大きな結束感をもち「オタクサークル」や「コミケ」などにも発展。今までひっそりしていた人たちのイベントなども開催されるようになり、そこには個々が思っている以上の人々が集まっていることを知ります。

オタク「宮崎勤」が引き起こした事件

そこで起こった元死刑囚の「宮崎勤事件」

宮崎勤の事件は、オタクのイメージを一気に悪くさせた原因といっても過言ではありません。世間を震撼させるような大きな事件を起こした宮崎勤が、たまたまコミケに参加したり、漫画やアニメを好むいわゆる「典型的なオタク」だったりしたことで、メディアは宮崎勤を「オタクの象徴」として報道しました。

このことで、オタクは差別用語として使われることも増え、一気にイメージが悪くなったのです。

オタクの趣味は「引きこもってする」から

オタクの趣味は、どうしても部屋やひとつの場所にこもって小さなスケールでできてしまうものばかりです。漫画を読むのも、ゲームをするのもアニメを干渉するのも、ひとり分のスペースと必要な機材だけあればできてしまうのです。

一方、オタク要素のまったくない、アクティブでクリーンなイメージの趣味といえば、スポーツや釣り、旅行、登山……みたいな感じですよね。人が集まらないとできない、運動が好きでないとできない、ひとりだけは楽しめないものが多かったりします。

見えているから話題になる、注目される、人が集まる……というだたそれだけの話です。現に今、漫画やアニメ、ゲームなどのジャンルが表に出てきて評価を得る時代になったら、今度はオタクという言葉までもが「オタクって、なかなかいいよね」という位置に来ているわけです。すべて、見え方や注目度の違いだけであって、その中の人の質に差はありません。

オタク男子がモテない理論

学校のクラスの中で、オタクになるのは運動神経が悪く勉強もイマイチで目立たないタイプの男子……といわれることもありますが、正直その理論は当たり前です。

運動が得意な子は、いつでも目立ちます。幼稚園くらいの頃から、運動ができるだけで「すごい!」「かっこいい!」ともてはやされてしまうのです。そのまま小学校・中学校・高校・大学と進み、先に話したスポーツや釣り、旅行、登山……みたいな趣味にも挑戦しやすくなるのは普通に考えて当たり前なんですね。

では運動が苦手で、特別勉強ができるわけでもない、ごく普通の男の子は、小さなころから、本を読んだり漫画を読んだり、ゲームに熱中したりと、ひとりもしくは少人数で静かに過ごすことが増えるでしょう。ただ適性が違うというだけで「悪い」「暗い」「モテない」というイメージを勝手に周囲が植え付けただけに過ぎません。

表に出て、充実度をアピールできる何かがあると目立つ上に、どう見ても楽しそうで明るい印象になる、ただそれだけです。

オタクも、スポーツマンも、何か一つのことを極めているのは同じなのに、ただそれの見え方や認知度が違うだけでこんなにも世間のイメージが変わってしまうのです。

[ad]

「オタク=悪いイメージ」は古い?自分の魅力を磨いていこう

結局はイメージやレッテルの問題でしかなく「大多数に支持されない趣味」をもっているというだけで、中身は何でも同じです。

たとえば、二次元のアニメやアイドルに夢中な人が「オタクこわい」「オタクきもい」と誹謗中傷されるなら、ひとり部屋でグロテスクな映画や残虐な描写の多い小説を好んで楽しむ人だって、よっぽど恐ろしくて気持ち悪いわけです。

どちらも少数派の趣味であり、理解を得にくいのかもしれませんが、現実社会では普通の顔をして生きているわけで、現実と創作物を別として考えられるならそれでいい、まったくもって自由ですよね。

2次元のオタク文化は脚光を浴びるようになり、漫画やアニメ、ゲーム好きは、一種の強みだと解釈されるようにもなってきました。 もはやオタクという言葉自体に悪いイメージはそれほどないように見受けられます。紅白歌合戦に声優さんが出演し、それに大人も子供も大喜び……といった光景もごくありふれています。

また、オタクという言葉はサブカルチャーにとどまらず「一つの物事に詳しい」という意味で使われるようにもなりました。

ネットオタク・機械オタク・オーディオオタク・料理オタク・カメラオタク・健康オタク……いろんなものに対して愛をもっていることや、突き詰めていることを「オタク」と表現するようにまでなったのですね。

女子大生には、料理オタクやカメラオタク、音楽オタクなどが人気……という話も。もはやオタクは悪いものではないですし、むしろ最初からまったく悪いものではなかったはず。オタクは時代の先駆け的存在でもあったということになります。

オタクという枠に自分自身を当てはめる必要など、もはや今の時代にはないのでしょう。それぞれ自分の好きなこと、詳しいこと、誇れることをもっともっと変態的に突き詰めていくと、人生はこれからもっとおもしろくなるのかもしれませんね。/Kandouya編集部

[ad]

おすすめ書籍《トラウマ・HSP・アダルトチルドレン》

スポンサーリンク

Return Top