心を激しく揺さぶる、怪物のような映画
死ぬ前にひとつだけ映画を観ることができるとしたら
岩井俊二監督の『スワロウテイル』を観ると決めている。
重く心に圧しかかるような映画が好きというタイプには、必ず好まれる作品だ。
公開が1996年と非常に古い作品であるため、現代の若者がこの映画に興味を持たないのは、本当にもったいない。
少々とっつきにくいと感じるジャケットとネーミングであるが、とにかく一生に一度は見るべき映画と断言できる。
映画スワロウテイルのストーリー
かつて、世界中で「円」が最も価値の高かった時代の物語。
外国からは日本への移住で一獲千金を狙う人々で溢れた。そんな違法外国人労働者が集まる街は「イェン・タウン」と呼ばれていた。
このイェン・タウンに住む者たちの中には、上海からやってきたグリコ(CHARA)という娼婦がいた。グリコはひょんなことから身寄りのない少女アゲハ(伊藤歩)の面倒をみることになる。
アゲハは娼婦をしているグリコの部屋で身を隠していたが、あるときヤクザの客に見つかってしまう。目を付けられたアゲハはヤクザに襲われそうになるが、それを阻止するためにグリコはヤクザに応戦する。
しかし、誤ってヤクザの客を殺してしまい、そのヤクザの死体を処理しに仲間のフェイホン(三上博史)らと共に山奥へ向かう。
そのヤクザの腹の中には、なんと偽札のデータとなるテープが入っていた。消えた偽札データを追い求めて、殺し屋たちが行方を探し始めるが‥‥
***
奇抜な内容だが、決して単なるヤクザ映画ではない。夢を追い求めてイェン・タウンへ移り住んできたグリコやフェイホン。そしてやっと居場所を見つけたアゲハが自分たちの夢や居場所を守るために、必死にもがき苦しみながら生きる様を描いた作品である。
この映画は、日本語・英語・中国語が目まぐるしく交差しながら展開する。しかし決して理解は難しくないのが不思議なところ。むしろ多国籍な雰囲気が強く独特極まりないため、病みつきになる世界観だ。
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今だからこそ分かる!実力派俳優たちの見事な競演
なんといってもスワロウテイルの出演キャストは、超有名俳優ばかり。
しかし公開当時はまだまだ無名だった俳優もおり、今でこそベテラン俳優として有名すぎる彼らの若かりし頃を見ることができるのも魅力のひとつである。
グリコ:CHARA
アゲハ:伊藤歩
ヒオ・フェイホン:三上博史
リョウ・ヤンキ:江口洋介
ラン:渡部篤郎
レイコ:大塚寧々
シェンメイ:山口智子
鈴木野清子:桃井かおり
ロック・ドク:ミッキー・カーチス
中でも一番の見どころは、当時16歳の伊藤歩。彼女の演技は大きく評価され、第20回日本アカデミー賞において新人俳優賞・優秀助演女優賞を受賞している。
彼女はその後も岩井俊二作品に、欠かせない存在となった。
CHARAは今でこそ歌手としての活動が目立つが、この映画を知ってしまったらもう、演技センスを抜きにして彼女の音楽を語れない。
渡部篤郎や山口智子、江口洋介などは売れっ子俳優をとうに通り越し、ベテランの域にいるが、彼らのアクションと冷めた演技が最高にカッコいいので是非とも注目してほしい。
スワロウテイルの魅力とは
この映画のテーマは、逆境に生まれながらも自分達の手で夢を追うことのすばらしさだ。
夢というと、栄光を勝ち取って億万長者になるというようなことをイメージするかもしれない。イェン・タウンの彼らも、最初はそう思っただろう。
しかし、逆境に生きる者が目指しているのはそれだけではない。
普通に生きることが彼らの欲しかったものだったのだ。
当たり前に愛情をもらい、家族や仲間に囲まれること。当たり前に人間らしい生活をすること。仕事を得ること。イェン・タウンはそんな、当たり前を知らない人々が、ささやかな夢を求めていたのだ。
最初は「食うために生きる」という価値観を持っていたが、次第に本当の夢を持つようになる。その夢を追う途中で様々なことに気付いていく。夢を追いかけることで変わっていく自分や、つかんだ夢が壊れていく怖さ。愛する人に幸せになってほしい気持ちと、そんな人を置いて幸せになっていく自分の醜さ。大事な人を守るために弱い自分と決別する若者の、心。
この映画には人生のすべてが詰まっている。
恵まれない境遇に生まれること
大切な人を亡くすこと
お金を稼ぐということ
差別や迫害を受けること
居場所を求めてさまようこと
自分の価値について考えること
音楽で自分を表現すること
罪を犯すこと
成功すること
転落すること
大切な人に出会うこと
前向きに立ち直ること
生きていくこと
世の中で起こりうる、すべてのことが詰まっているのだ。
たまにこの映画を観たくなるのだが、観てしまうと半月近くはこの映画に引きずられる。
生活に支障が出るほどの引力であるため、観返すのにも勇気がいる。
寝ても覚めても、この世界観から逃げられなくなるのだ。
私もイエンタウンで共に過ごしてみたいような、みたくないような。
そんな、不思議で重たくて、温かい気持ちにさせられる。
決して嫌な感覚ではない。
彼らの人生に憧れすら抱く。
こんな映画が、他にあるだろうか。
スワロウテイルの映画音楽
初めてこの映画を観た後、2週間近く映画の余韻から抜け出せなかった。
MY LITTLE LOVEのYes~flee flower~が頭から離れない。
スワロウテイルと言えば、YEN TOWN BAND(CHARA)のあいのうたが有名だ。
もちろんこれも名曲だが、劇中で繰り返されるYes~flee flower~のインパクトは異常とも言える。
物語の緊迫感や、痛々しさを強く表現する一因になっているのが、この曲ではないだろうか。
実はその後、伊藤歩は元JUDY AND MARYのYUKIやスワロウテイルで共演したCHARAと共に『Mean Machine』というバンドを結成している。
劇中の曲は全て岩井俊二映画に欠かせない、音楽プロデューサー小林武史が手掛けている。小林武史はMY LITTLE LOVEの元メンバーでもあり、Mr.Childrenのプロデューサーも務めていた。サザンオールスターズの楽曲編集にも携わっていたこともあるマルチな大物作曲家。現在はどちらも離れているが、当時の日本のJ-POPにはなくてはならない存在の音楽家だった。
また、この映画から誕生したYEN TOWN BANDは、2015年に再結成を果たし、シングル「アイノネ」をリリースした。実に20年ぶりとなるこの復活に、岩井俊二ファンからは喜びと驚きの声が上がった。スワロウテイルのカットをアニメ化したPVが印象的である。
スワロウテイルの音楽が、この物語の世界観をより強く印象付けるているため、そこにも注目してほしい。/kandouya編集部