映画「八日目の蝉」のテーマは「母性」
蝉(セミ)は、一般的に「七日間しか生きられない」と言われている。それなのに、この作品のタイトルは「八日目」の蝉だ。
正直このタイトルに強く惹かれて筆者は興味を持ったところも大きいが、見てみると想像を超えた。生きられないとされる限界を超えた八日目の蝉は、何を見るのか。
”常にじりじりとその時の終わりを感じながらも生きながらえている”という心理描写が、この作品を見事にタイトルとマッチさせている。
役に応じて素朴なイメージを抜群に醸し出し、どこにでもいそうでどこにもいない女優・井上真央さんと、愛らしさと色気と影を身にすべてまとっている女優・永作博美さんの演技に、開始10分であっさりと引き込まれてしまった。
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八日目の蝉のあらすじ/魅力
主題歌/中島美嘉「Dear」
”親子の愛”を強く考えさせられるストーリー
八日目の蝉のあらすじはこうだ。
降りしきる雨の日、永作博美さん演じる傘を差した女性は、ある家庭の赤ちゃんを衝動的に誘拐してしまう。しかしその背景には、子供を産めない身体になってしまった闇と、誰かに必要とされたいというどうしようもない願いがあった。
誘拐されたとは知らず、女性を「ママ」と屈託のない笑顔で呼ぶ少女。そこに生きている意味を見出す女性。そんな今にも壊れそうな「かりそめの親子」でありながらも、これ以上ない幸せを感じてしまう。そしてその思いは日に日に膨らんでいった。
物語は、過去に誘拐されたことを本物の親の元へ帰ってから知り大人になった主人公・えりな(かおる)の思いと、夫に裏切られ娘を誘拐されたとてつもない心の傷を隠せない実母、不倫したふがいない夫、逮捕されている誘拐犯という名のもう一人の母。
ひとつの大きな犯罪によって壊れてしまった当たり前の幸せは、二度と修復できないのか。母性と「愛されたい」思いが複雑に交差するその決着はどこなのか?
といったところである(実際はもっと深い)。
魅力:異常なのに本物にしか見えない「錯視のような愛」
不思議だ、不思議でしかたない。
誘拐犯と誘拐犯を本当のママだと信じきる子供、と言ってしまえばそうであり、実母の身になるとこれは美しい話でも何でもないと「思わなくてはいけない」はずだ。
それなのに、どこをどう見ても仲睦まじい可愛らしい素朴な親子にしか見えないのである。
鑑賞中、何度か「これは誘拐犯だ、犯罪なんだぞ?」という気持ちと「もっとこの親子を見ていたい」という気持ちが喧嘩する。
子供を自転車に乗せて坂道を下る姿、寝そべってくすぐり合う様子、おんぶして歌う子守唄。
あえてそんな何気ないささいな幸せの描写を差し込んでくる演出がニクイ。
筆者は八日目の蝉から、自分自身のモラルや良心について考えさせられた。深夜、ブラックコーヒーを飲みながら見ていると、なぜか犯罪者に感情移入していることで悪いことに加担しているような気になる。
それでも願ってしまう(一瞬でも親子の永遠を望んでしまった)のだから、自分は善人でも何でもないなと思ったし、結局のところ血のつながりというものは強くもあってこんなに脆いものなのかと、危うさも感じた。
魅力:八日目の蝉の脇を固める俳優陣
最初にはあえて書かなかったのだが、脇役として出演している小池栄子さんが素晴らしすぎる。
この作品のキーにもなっていて、えりな(井上真央)の過去を実は知る人物だ。
何がいいって、見ればわかる。演技が演技に見えないところもすごいが、男性に極端に免疫のない女性記者という役柄を見事に演じていたし、この人は元からこういう人なんじゃないかと思わせる自然さが作品に溶け込んでいた。
「だめ母でも、二人いればマシだよ…」
と涙するシーンなんて、心にグッとくるものがある。表情、演技力の賜物だ。また、風吹ジュンさんの人間味と温かさは、やはり唯一無二のオーラを感じずにはいられない。こんなお母ちゃんほしいよ。
さらっとフレーズのネタバレをしてしまったが、是非とも細部まで注目して見てみてほしい。
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八日目の蝉の作品情報
《原作》角田 光代「八日目の蝉」http://www.chuko.co.jp/bunko/2011/01/205425.html
逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるだろうか……。心ゆさぶるラストまで息もつがせぬ傑作長編。第二回中央公論文芸賞受賞作。〈解説〉池澤夏樹
※公式サイトより引用
《主なキャスト》
井上真央(誘拐された少女・秋山恵理菜)
渡邊このみ(恵理菜の幼い頃)
永作博美(誘拐犯の女性・希和子)
森口瑤子(恵理菜の実母)
田中哲司(恵理菜の父)
小池栄子(幼少期の恵理菜を知る人物・安藤千草)
風吹ジュン(沢田昌江)
田中泯:たなか みん (写真館のおやじ)←ものすごくいい味だったので記載
檀れいさん×北乃きいさんで見られるドラマ版「八日目の蝉」もあります
「八日目の蝉」とにかくおすすめしたい。
八日目の蝉を見終わった後、なぜだか我が子を強く抱きしめたくなった。自分の中の母性も、刺激されたようだ。
単純に親子の話だから泣けるとか、感動するとか、切ないとか、そんな簡単な作品ではない。筆者は八日目の蝉を、子育て中の人やステップファミリーの方、さらになんとなく寂しい家庭環境で育った人や、愛とはなんだろうと思う人におすすめしたい。
壊れた家庭の中で本当に「被害者」なのは誰か。母性の正体は、母のためか子のためか。そんな問いかけをくれる作品だ。
・・・・紹介していたらまた見たくなったので、今度は泣く準備をちゃんとして、ひっそりと鑑賞したい。
(ライター・いとは)