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【episode1】私の人生は、毎日がまあ、大体「夜の鼻づまり」みたいなものだ。

私の人生は、毎日がまあ大体夜の鼻づまりみたいなものだ。

なんだか予期せぬタイミングで急に訪れて、やたらめったら自分の邪魔をしたかと思うと、翌日にはケロッと治っていたりいなかったりする。なんだか大事な用事を控えた前日の夜に限って、ほらほら、またきたよ、夜の鼻づまり。右だけが謎につまっているので、応急処置的にひっくり返る。右を上にしたら右の鼻が通って、今度は左側がつまる。

あちらをたてれば、こちらが立たない。というか、寝返りでなんとかしようとしているその発想がもう、安易である。わかっているのに、応急処置は、やめないんだよな。

そうしていつの間にか夜の鼻づまりと格闘しているうちに2時間が過ぎて、お腹がすいてくる。さらに鼻が詰まっているのにカップラーメンを深夜にすすったりもする。そんな時間が、大嫌いで、意外と好きだ。

そんな私が最近「自分って大人になったなあ」と感じたことは、一人称を「わたし」としか言わなくなったことである。もっと若い頃って、なんの理由もなく「アタシ」とかメールに書いていたなって思い出したのだ。でも今は、なんとなく自分の事を「アタシ」と呼ぶのが気恥ずかしい。

そんな自分を、ああ、大人になったのだなと感じている、くだらない夜だ。「大人」とか「子供」とか、そういう目線ってつまらないなって思っている。思っているのに、大人になったと感じることは、やめないんだな。

私にとって「夜の鼻づまり」とは、自分のくだらない思考や情けなさ、時折やってくる不安や期待、小手先と本質の狭間で何かを選んでいる自分そのものの様子みたいなものかもしれない。

人間はいつも心に「矛盾」を抱えている。「明日から頑張るぞウフフ」なんて意気込んでいたのに何もしないし、「人の話をしっかり聞き入れる人間になるぞへへへ」なんて考えを改めたはずが興味のないことはつまらない。「また今度飲みましょうね」と言った日には、もう二度とその人の誘いに乗ることはないものだ。

でも、時々はまじめになって膝を抱えながら「自分って本当にダメだ。もっとここらへんをこうしたい…」なんてうじうじ独り言を言って、手を合わせて「ああ神様、私に力を下さい」なんて願ったりもしているのだから面白いと思う。

あなたは、夜の鼻づまりってどう思うだろうか。自分の毎日や人生を「まるで○○みたいだ」と例えたくなるのは、きっと、くだらないけれど少しだけ自分は特別だって思いたいからかもしれない。

kandouya編集部/モリハナ

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