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【episode2】心の弱さを問われるとき

どんなに仲が良くても、どんなに信頼し合っているはずでも、心は揺れる。何か特別な出来事もないのに、ある時、ある瞬間ふいに「もしやすべてが嘘だったらどうしよう」と考えてみたりする。

梅雨で濡れた帰り道とか。ちょっと面倒で後回しにしていた洗い物をしている時とか。「本当はあの人にあいつうぜえな」って思われているのではないか?利用されているのではないか?っていうか、もはや私が見ているものは全部思い込みだったりして。

そんな空想にも似た、どうしようもない瞬間。

こんな時、まるで私はかみさまか何かに試されているような気になる。「こういう疑念に、オマエは何度だって打ち勝って、人と信頼関係を続けられるのか?」と、問われているような気になるのだ。

そこで「何を言うか。当たり前じゃないか」と心の中で答えられた時、自分を追い越せる。そんなことの繰り返しだ。

「付き合いが長いから」「いい人だから」「お世話になっているから」「信頼できるから」「自分の家族だから」「愛している人だから」……どんな関係でも、心は揺れ動く。だけど、どんな関係でも、下手くそなりに自分なりに、大切にしているのである。

人間なんてそんなもの。それでいいのだ。

こんなことを書いているうちに、思い出したことがある。昔、自分があまりにも嫌いだった頃、自分の価値を見出せなさ過ぎて、自分の事も信じられない上に、自分の事を好きだと言う人まで信じられなくなっていたことがあった。

「なぜあなたは私なんぞを好いているのですか?意味がわからない」などと本気で思っていた暗黒時代である。

けれど、ある時ある人がそんな私にこう言い放ったのだ。

「なぜ、キミは勝手に人の気持ちを否定するんだろう?自分の事が嫌いなのはいいけど、人が大切だと言っている気持ちまでキミが全否定することは間違っているしそんなことはできないはずだ。だから、簡単にそっぽ向かずに少しはまじめにこっちを向いてよ」

ああ、そうだな。と単純に思った。確かに、自分が他人の気持ちまで勝手に否定したり疑ったりするのはお門違いである。だからあの日以来、私は私がどんなに私を嫌いでも、私を好きだと言ってくれる人の事をはなから否定することをやめた。

心が揺れる時、深夜にぼーっと三日月を眺めながら、この言葉を思い出すようにしている。

kandouya編集部/モリハナ

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