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【編集部会議】「優しいことが理由」で嫌われるという悲しい現実

こんにちは。kandouya編集部の森花です。

先日、私は小学生の息子と同じ登校班の女の子に「○○くん(息子)のママ、優しすぎて嫌い!!!」と言われました。「優しすぎて嫌い」と真正面から人に言われたのは、生きてきて初めての経験です。

どこをどう見てそう思われたのかは全然わからないのですが、思わず私は「お、おおう……ご、ごめんね(´・ω・`;」としか返すことができませんでした。

しかし、「優しい人が苦手」「優しい人を無意識に嫌ってしまう」「優しい人が逆に信用できない」という感情を持つ人って、現代では意外と多いのでは?とも思うわけです。

そこで今回の編集部会議のテーマとして、「優しくても嫌われる」という現実について書こうと思います。

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優しい人を嫌ってしまう、避けてしまう人って多いのでは?

Photo by Jude Beck on Unsplash

冒頭の小学生の女の子の件については、想像にすぎませんが、私は3つの仮説を立てました。

その女の子は、自分のお母さんに「優しくされていない」と感じている。(心の葛藤や嫉妬)

息子が私の事を外で自慢していることによって生理的にイラっときている。(シンプルにうざい)

何らかの理由で、その女の子のお母さんに私が気に入られていない。(親の影響を受けている)

まず私は、ご近所づきあいや人と関わることはめったにありません(胸を張って言うことではない)。その女の子のお母さんについては、時々顔を合わせて「こんにちは」という程度の関係で、まともな会話をしたことすらないんですね。むしろお互いそこにいると気づいていても、お互いに忙しそうな空気があると頭だけ軽く下げて、そそくさと用事に向かっている印象なのです。

③の理由は、当てはまるとしたらもはや「なんかあいつ顔がむかつくわ」とか、そんなことを思われたとしか考えつかないくらいの関係性なので、ちょっとないかもなと思っています。

そこで濃厚なのはまず①だと思うのです。その女の子は心にどこか寂しさを抱えていて、私が息子に接している様子や、時々お調子者の息子が「○○してくれたー」とかなんとか、要らない自慢話を聞かせていることによって、「いいなー」と思う感情が「むかつくんだよ!嫌い!」として言葉に現れたのではないか。ということです。

もしこの想像が当たっているとしたら、子供の頃だからこそ、優しいとは思うんだけど嫌い!という気持ちをぶつけてくれたんだなあって、思ったんです。気持ちは複雑なんだけど、素直ですよね。

だからって私はどうすることもできないのですが、嫌われたものは仕方ないので、なるべく大人しくしてようと思うんですが…

(これ以上おとなしくしたら、もう完璧なひきこもりぃー)

優しい人だと感じると「裏がある?」と考えるような世の中

さて、ここからはもっと深く考えていきます。優しい人を嫌ってしまうとか、人の優しさが信じられないといった一種の恐怖感のようなものは、私も時々感じることがあります。

それは、世の中や家庭が、デフォルトで「冷たい」というのが背景にあると考えています。つまり「今の世の中、優しい人間などそうそういない。そんなに甘くはない」というのが基本。だからこそ、時折すごくいい人(に見える人)に出会ったりすると、「えええこんなに優しい人いる?何か裏があるかもしれない」と感じてしまうのではないでしょうか。

たとえば誰にでもいつも笑顔で、困った人を放っておけないタイプの人をはた目から見ていると、純粋に「いい人だな」とは思えず、「八方美人?媚び売り?」「あんなにニコニコしてるけど、実はすごい性格悪かったりして…」なんて勘ぐってしまう。

悲しいけれど、そんな気持ちって、人間あると思うんですね。

「本当に優しくて誠実でいい人」なんているわけない、と思うからこそ、優しい人を嫌ってしまうような気がします。私もですね、小学生の女子から見れば優しいのかもしれませんが、実際はそんなに優しいわけではないし、大人だから親だから言わないだけで、本音は違うことなんて多々ありますからね。

優しい人に期待することが怖いから避けてしまう

「優しい人」というのは、時々、自分のペースを狂わせる存在でもあります。たとえば私もそうなのですが、人に助けてなんてもらえないからこそ強くたくましくいられる…ってことがあるんですね。

でも優しい人はしんどそうな自分に「大丈夫?よかったら○○しようか?」なんて言ってくれるわけです。でも、結局私はなんとなく断ってしまうし、避けてしまいます。だって優しさに甘えだしたら、この先、しんどい時に「助けてくれないかな」って期待してしまうから。

同時に、信じていて実は裏で嫌われていたら、優しくない人にそう思われるよりも何倍も傷つくから。だから、優しい人って避けてしまいがちです…。優しくされたいとは思うけれども、なぜかちょっと冷たい人の方が安心してしまう。なんとも不思議な感覚ですが、こういう気持ちになる人って、私だけではない気もするんです。

自分にないものを持っているから、腹が立つ?

また、優しい人が苦手な人の中には、心理的に「自分はああなりたくてもなれないわ」という意識が隠されていることで、合わない、仲良くなれそうにない、と思う人もいると思います。

やはりそこには「自分は人に優しくできるほど心の余裕がない」とか、「あの人はきっといい家庭で育ったんだろう。私とはきっと感性が合わないわ」という想像や思い込みも、あるかなと感じます。

これを「嫉妬」という言葉で片づけるのはカンタンですが、そう思う人にも人生の中で様々な葛藤や苦しみがあり、優しいこと自体は認めているけれど受け付けない、ということがあるから、悪いとは言えないんですね。

「冷たい人は孤独になりがち」かもしれませんが、逆に「優しいからこそ孤独になりがち」な人も、見えないだけでたくさんいるのかもしれません。

優しい人が苦手でも、あなたはひねくれ者ではない。

Photo by Sayo Garcia on Unsplash

以前、こんな記事を書きました。

じゃあ、本当に信頼できる「優しさ」ってなんなんだよって話なんですよね。

私も色々な過去の経験から、あまりストレートに優しさを受け取れない方の人間ですから、結局は「その人が優しかろうと、一見クールだろうと、関わる人は見極めて付き合う」というのを徹底しているんです。

シンプルに「この人はなんか好き」と思うのももちろんいいですが、疑ったり勘ぐったり、深く考えてしまう人にとっては、直感を信じて行動しろ!と言われてもできないことも多いですよね。

私は別に「優しい人が嫌い」という人がいてもいいと思うし、そういう人はひねくれてる!っていう簡単な考えしかできない人とは、関わらない方が無難だと考えます。

でも、人間だから時々は無性に優しさが恋しい日もあるでしょう。そういう時は、自分で自分を少し甘やかし、頑張りを認めてあげることができればいいんです。他人がどうであっても、自分は自分。あなたは、自分の思う感性で生きていればいいと思います。大体ねえ、何をもって優しさと思うかも人それぞれなんですからね。

優しい人。それはきっと恐怖でもあり地雷でもあり、本物であった場合だけは、大きな愛なのかもしれませんね。/kandouya編集部

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