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自信の付け方は小手先のテクニックより「自分育て」

自信なんて、かんたんに持てないよ

自分に自信を持つべきだ。自分を信じることができなければ、誰のことも信じられない。自分が自分を信じなくてどうするのか?

そんなことは分かってる。もう聞き飽きた。

嫌というほどこの言葉を聞いてきたし、何度も自信を持とうと心に誓った。

私には、自信があるようでない。呆れるくらいに自信がない。私は傍から見ると自信がなさそうには見えないのかもしれない。それに、自信がないにもいろんな種類とレベルがあるものだと思う。

でも「なんでそんななん?自信持ってよ」と、ここの編集者にもよく言われる。毎朝不安と戦っている。朝起きた瞬間、布団の中でダンゴムシのようになって、アラームのスヌーズを何度も何度も消しているとき。このときが一番不安だ。自信のなさと戦う1日が始まるからだ。心を鬼にして、自信を育てる1日が始まる。

そう、自信なんか「つけよう」と思ってかんたんにつくものじゃない。

自信のない自分を可愛がってはいけない

子どもや大切な人への愛は、ときに「厳しく接すること」「毅然とした態度で諭す」という形に変わることもある。なんでもかんでも良しとして、叱ることを放棄する。これは「甘やかし」といわれ、本当の愛情ではない。

ときには強く叱ることや嫌われ役を買ってでも、相手のためになる方法を選ばなければならない。お金や物を与えること、相手が欲しがる言葉をそのまま与えること、これはとても簡単な愛し方であり、本当の優しさや愛情ではない場合もある。

 

それって、自分自身にもいえることなんじゃないだろうか。

 

自分に自信のない私は、今この場で満足したい。お腹がすいたら、今何か口にしたい。おにぎりやバナナじゃなくて、甘くてとろけるチョコレートやマシュマロでお腹を満たしたい。

でも、それを毎度毎度「しょうがないね、ほらほら」といってあげてしまうのは、甘やかしであり、本当の愛ではない。

そんなときどうすればいいか、正解なんていうのはないんだけれど、なぜそうしてはいけないのか、分かるように噛み砕いて、順番に説明する必要がある。がまんを強いるのではなく、納得できるように教えてあげなければいけない。

これは子育てでよくあるシーンなのだけれど「自分に自信のない私」にも、そうやってあげなければいけないと思うのだ。

自信を持てる根拠を探し、自分に説明してあげる

何の経験値もない0の状態の自分に「大丈夫よ、私なら絶対にできる」といったところで、何の説得力もない。

根拠のない自信が湧いてくることもある……なんていわれたりもするけれど、それは努力や工夫を積み重ねてきたからこそ湧いてくる自信である。根拠に気づいてない自信ということだ。

例えば、音楽の知識も歌の練習も何もない状態で「私は絶対に歌手になる!」という、根拠のない自信は湧かない。音楽に興味を持ち、いろんな音楽に触れ、楽しさを知り、知識を付け、実際に練習する。コツコツやってきたことが人目に触れるようになり、次第に評価される。そうなってきたときに、根拠のない自信が生まれるわけだが、実は自分が気づいていないところにしっかりと根拠が存在している。

ずっとずっと昔、もしかしたら子供時代の忘れていたようなエピソードや体験だって、自信の根拠にしようと思えばできることがある。好きでやっていたこと、なんとなくやってきたこと、誰かに強いられて嫌々ながらやってきたこと、逃れようのない困難に耐えていたこと。全部根拠にしようと思えば、できる。それを見つけて、自分にも見せてやらなければならない。

自信が持てず、不安でいっぱいの自分に対して、この「見えない根拠」をひとつひとつ堀り起こしてやるのだ。振り返って、見せて、認めて、大丈夫だと言い聞かせてやらなければならない。

インナーチャイルドは子ども時代とは限らない

 

自分に自信が持てないのは、いつか自信をなくしてしまうようなできごとがあったからだ。それは幼少期の経験かもしれないし、思春期の学校生活や友達とのできごとかもしれない。社会にで出たあと、世間の荒波に揉まれたことが原因かもしれない。
きっと今抱えている自信のなさには、必ず理由やきっかけがあり、その時点で心の成長はストップしている。

私は、これをインナーチャイルドだと思っている。

インナーチャイルドとは“内なる子供”とも呼ばれる心理学用語。インナーチャイルドは“子供の頃の満たされない自分”のことを指すというイメージが一般的だが、実際は様々な解釈がある。私たちが今生きている瞬間より過去のことは、全てインナーチャイルドであるという解釈もあり、私はその考え方を取り入れている。

立ち止まってしまったときの自分、過去のインナーチャイルドはまだそのときのままだ。

外見も、考えも、環境も、きっとあの頃とは変わっているに違いない。でも、傷ついた経験をそのままにしてしまったとき、インナーチャイルドはずっとそこで泣いている。もう、過去のことだと忘れたような気持ちになっているかもしれないけれど、実はずっと前から止まったままになっているのだ。だから、なぜ自信がないのかという原因や理由が分からないと少し厄介である。

子どもを育てるように、自信を育てる

何かしらの傷がつき、途中で止まってしまった自尊心は、そこからまた育ててあげる必要がある。

自分を自分で褒めることも必要だろう。無理やりにでも「私すごいよ」「私頑張ってる」「今日もちゃんと暮らせた」と褒めてあげることも大切だ。

頑張っていたら、必ず周りには「すごいことだよ」「頑張ってるね」「応援するね」と言ってくれる人がいるだろう。少なくてもいいし、たったひとりでもいい。本当に頑張っている人には、こう言ってくれる人やそれを表すできごとが絶対に現れるはずだ。

こんな言葉をそのまま受け入れられないときは、厳しい視点からものをいう必要も出てくる。人を育てるには、甘い言葉だけではなく、少し厳しい言葉をかけたり、違うやり方で試すことも必要だ。

厳しくというのはただ単に「やれ!」「変われ!」と押し付けることではない。寄り添って、目的のために、優しくも残酷なことをいうのだ。

「ごめんね、あなたは自分に自信がないかもしれないけど、今の私ものすごく頑張ってるから、そっちを信じようね。いいね!上手だよ!好きだよ!と言ってくれる人がいるから、そっちを信じるね。ごめんね。私あなたのことは信じられないんだけど、他の誰かのことも大切だから、そっちを信じるね。あなたのこと信じてあげられなくて寂しいかもしれないけど、これはあなたのためだからね。」

そんな風に、心を鬼にして、自信がない自分を育てていかなければならない。

私は自分をもっと自然に愛したいから、ときに優しく、ときに厳しく、育てているんだ。

(ライター・夏野新)

 

 

 

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