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ショック…自分の悪口を言われたら、これ読んで落ち着こ。

自分の悪口を言われている事実を知ったら誰でも動揺するものだ。

「悪口言う人はかわいそうな人なんだよ」とか「悪口を言われるってことは、あなたが魅力的な証拠よ!」なんて慰めの言葉は正直耳に入ってこないものだ。

誰だって人に悪く思われて平気なわけがない。私だったら自分の悪口を言ったりどこかに書かれたりしたらもう、2ヶ月は落ち込んで部屋から出ないかもしれない。

でも、いつまでも部屋から出てこないでいるわけにもいかないから、ちょっと考え方を変えてみようと思う。

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自分の悪口を言われたとき、このことを想像してみて

悪口を言われたその時はショックだと思う。それは重々承知だが、あまり悲観する必要はない。あなたが何度考えても「自分は間違ったことをしていない」と思える限り、悪口はただの好みや立ち位置の問題でしかないと気づくはずだから。

あなたが大好きな人が「自分の悪口を言われた……死ぬ」と言ったら?

あなたが大好きな人、家族でも友人でも恋人でもなんでもいい。その人が「自分の悪口を言われた…うつだ死のう」と言ったなら、あなたは全力で阻止するはずだ。そして、相手のいいところを洗いざらい述べて、楽しい話題を提供するはずだ。

それは「悪口を言われて落ち込んでいる今の自分」に置き換えても同じことがいえる。

あなたのことを悪く言う人がいても、それ以上にあなたのいいところや、悪口を言ってくる相手の批判を全力でしてくれる人がいると思う。

あなたが大好きな芸能人が「ネットに悪口を書かれたので活動休止」を発表したら?

たとえば、あなたは米津玄師が大好きだったとしよう。

米津玄師が「ネットに誹謗中傷を書かれたので、活動休止します」と公言したら、あなたは納得できるだろうか。きっと何万人のファンが怒って、悪口を書いた人を恨むことだろう。

しかし実際に米津玄師が嫌いだという人は一定数いるし、その反面で彼のライブは即刻ソールドアウトするほどの人気である。

ものごとや人には、見えている角度の違いや好き嫌いが分かれてしまうものなのだ。

大好きな芸人が「芸風が嫌いと言われたので、方向性を変えます」と公言したら?

たとえば、私はよしもとお笑い芸人の小藪一豊さんが好きである。

毒舌で斜に構えるキャラだが、話の多くが本質をついていると感じる。表ではひねくれている感じを出しているが、後輩にすごく優しいという声も多くてそういう「よく見せないギャップ」が好きだ。でも、小藪さんのことを、嫌い・めんどくさい・性格悪いと批判する人はすごく多い。賛否両論の鏡のようだ。

でも、もし仮に小藪さんが「毒舌で性格悪いという声が多いので、今の芸風やめます」と言ったら私は残念でならないし、彼の芸人としての立ち位置や仕事もなくなるだろう。

自分の悪口を知らないところで言われる、というのはそういうことなんだと思う。

自分の悪口を言われたからと言って、行動や姿勢を変える必要ってあるの?

誰かが自分の悪口を言っていることを知ると「もっと慎重に行動しなければいけないのだろうか」「私は間違ったことをしているのだろうか」と気になるだろう。

そして、今後行動を変えるべきかと悩むと思う。

でも、正直なところ「自分の悪口を言われた」という理由で行動を変える必要はまったくないと思うのだ。

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「意見」と悪口は違う

確かに、人からの忠告で自分の悪いところに気づくということもあるかもしれない。でも、誰がどう見ても道理に反していることは、誰かが面と向かってあなたに言うべきことなのではないか。それは、相手が確固たる意見を踏まえてあなたに「意見する」ということだ。

面と向かって言わない、そんな面倒なリスクを負ってまで意見してこない、ということはあくまでも相手の感じ方やその時の状況、好き嫌いの問題でしかないと私は思う。意見することと、悪口を言うのは違う。

ものごとには無数の視点がある

ものごとには、見る人の数だけ視点がある。

たとえば、前身ごろが赤で、後身ごろが黒のデザインのジャケットコートがあったとする。切り替えの入った、斬新なデザインの洋服だ。

前から見た人は、そのジャケットを「うわぁ~赤いジャケット派手だな」と思う。しかし、後から見た人は「黒い何の変哲もないジャケットだわ」と思う。

横から見た人は「赤と黒の切り替えか!? めずらしいデザインだな」と思う。

物だけでなく、対人関係でも、見る人の位置や視点によって感じ方はまったく違うものなのだ。

それを、あなたが見る人の位置に合わせて言動を変えるとなるとかなり大変になる。あなたの周りにいる人、すべての人に合わせて向きを変えるなんて、無理な話だ。

自分の悪口を言われるのに、本当にそのままでいいの?

あなたがもし、悪口を言われた内容に「あぁ、確かにその人の言う通りかもしれないな」と思うのなら、今後の考えや言動を改めてもいい。それは、あなたが自分で気付いて行動を変えたという結果になる。

言われたから変わるのと、自分で気付いて変わるのとでは全然意味合いが違うから、その点をじっくり考えてみるとよいかもしれない。

でも、「いや、それは〇〇な事情があって、△△だったんだよ」という説明がしっかりと頭に浮かぶのであれば、全然気にしなくていいのだ。もちろん、気にしないということは無理なのだけれど、それに振り回されて落ち込み過ぎたり、相手の機嫌をうかがったり、自分に失望したりしなくてもいい。

あなたが、ちゃんとした理屈のもと今の振舞いをしているのなら、何も恥じることはない。そして「あなたは間違ってないよ!」と言ってくれる人の意見をちゃんと聞いていこう。

そして、人を見る目というのは無数の視点があり、見る人の数だけあなたの印象や評価はちがうということを、ちゃんと覚えておいてほしいものだ。/Kandouya編集部

 

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