
精神的に「どうしようもないどん底」にいる。何もしたくない、自分には何もできない。何も生み出せない。そして、こんな状態の自分には価値がない。そう思っていたことがあった。
自分が憎い、自分が嫌いだ。横たわっているベッドの底がどんどん下に下がっていき、何かに埋もれていくような感じがした。
このまま沈んでいって、見えなくなってしまえばいいのに。誰からも知られずに、この姿形が消えてなくなったらどんなにいいだろう。そして、私という人間がここにいたということすら、誰も知らない世界になったらいいのに。そんな風に思うことがあった。
誰かに何かをしてほしいわけでもない。慰めや励ましの言葉がほしかったわけでもない。そういう類の言葉を聞くと「何も知らないで無責任なこと言わないで」と思ったり「私に価値がないことは自分が一番よく知っているんだ」なんて、ひどいひねくれた気持ちを抱いたりもした。
自分なんか、いないほうがいい。自分が嫌いだから、きっと周囲の人も自分を嫌いだろうと思った。それは、甘えん坊な気持ちなのかもしれないけど、自分の中では「確固たるアイデンティティ」のようなものでもあった。自分を憎むということが、自分の強さでもあると思っていた。
でも、そんな中にも私は得体のしれない「怒り」「くやしさ」「あきらめの悪さ」をもっていたと思う。精神状態がどん底のときは、自分でその強い気持ちに気づいてはいない。無気力・焦り・情けなさ・途方に暮れる感覚……そういった、虚無感の方が強かったと思う。
ただ、根底には「世の中に対する反発」や「怒り」のようなものがあったのだ。どうして、一生懸命生きているのにうまくいかないのか。私の何がダメだというのか。他人を責めず、自分を責めることで消化しているのに、どうしてどんどん落ちていくのか。
こんなのって、なんか、おかしいだろう?
そんな気持ちが、うっすらとあった。ほとんど無意識のところである。
どん底に落ちているときは、世の中や自分の錯覚・思い込みに気づきかけている

自分が嫌いでどうしようもない。自分はどうしてこの世に生まれてしまったのだろう。そんな気持ちに対しての一般的な意見はこうだろう。
「そんなことないよ。あなたが生まれてきて、お父さんもお母さんもきっと喜んだはずだよ」
「あなたは今、疲れているんだ。少し休んだらまた元気になって働けるよ」
このような慰めや励ましといった言葉で、心は動かないと思う。それは、あなたが錯覚や思い込みに気づきかけているからだと思う。
つらい現状に耐えること。お金のためにがまんして仕事をすること。家族や周囲の人、社会が望む自分になること。誰かが決めたレールの上を、何も考えずに歩くこと。
それが「正しいことではない」「それがすべてではない」と、気づきかけているからだと思う。私自身「自分はダメな人間だ」という表面的な部分の、もっともっと深いところには「こんなのって、なんだかおかしい」という違和感があった。
自分を責めることは、本当の自分になる「第一歩」
私自身、とことん自分を責めた。なんで自分はこうなのか? 周囲の人や環境のせいでつらいことももちろんあった。でも、すべてを他人や環境のせいにすることができない。
なんでだろう? 人や社会のせいにすれば楽なのに、どうして自分はそれができないし、しないのだろう?
つらいことばかり起きるんだから、絶対周囲も悪いはずなんだ。幼少期に触れあった親や先生、社会の人、友人、恋人……嫌なことはいくらでも思い起こせる。
でも、やっぱり自分をとことん責めたい気持ちは変わらない。「自分を責めるなよ」「自責はいちばんやっちゃいけないことだ」そんな意見も耳にする。でも、どうしても自分が諸悪の根源な気がする。
これって「自分が、何かに気づきかけている」ということだと思う。でも、やっぱり自分の中だけでは確証が持てないから、誰かにその思いを話すんだ。どこの誰かもわからない、自分の名前も、年齢も、性別も知らない。どんな顔をしてどんな暮らしをしているかも知らない誰かに「自分の隠しきれない直感」を話すのだ。私もそうだった。
あなたの存在も、気持ちも、ちゃんと世界に通じてる

世の中には正解も不正解もない。だからこそ、自分が今からどうすればいいのかって、わからない。方法もやり方も、みんな違うからわからない。
ただ、私は「つらさの中でどうしたらいいかわからない」というその奥には、強いエネルギーがあると思ってる。その力が弱く、今にも消え入りそうなものであったら、外には出てこないんだ。こうして私が「つらさの中にいるあなた」に向かって何かを書くこともない。つらい気持ちの嘆きを、私はそういう「強いエネルギー」だと思っている。
あなたの思いは通じてる。特別な何かをしてあげられなくてとっても残念だけど、あなたが「そこにいる」ということが私には届いてるよ。/夏野 新
(投稿をくださったドフィさん、ありがとうございました。)