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疲れたときの「休みたいのに休めない」が起こす悪循環のパターン

疲労度が大きくなればなるほどしんどくなるという「悪循環のパターン」に、あなたは気づいているでしょうか?

ほんの少しの疲れだったら「ちょっと休もうかな」「気分転換でもしよう」そんな風に、割と楽観的に思えることもあります。

しかし、頑張りすぎる人、無理して自分に厳しくしてしまう人ほど、疲れを放置したり、よりストレスを強いることがあります。

「疲れたら、休む」というのはとても単純で、当たり前のこと。

しかし「疲れたからと言って休むわけにはいかない」という思考がどうしても拭えない人は少なくありません。筆者自身もそんな傾向がありますので、気持ちは痛いほどよくわかるのですね。

しかしふと「あ、これが悪循環を呼んでいるんだ」とはっきり気づいた瞬間があったので、その負のループについてお話してみようと思います。

疲れているのに休めない!そこから始まる悪循環のパターン

まず、簡単に「疲れからくるメンタルの悪循環パターン」を書き出してみます。

疲れる

休まない

疲労度がどんどん加速

疲れているのでできないことが増える

できないことが増えると罪悪感が出る

人に責められている錯覚

人の顔色を伺う

対人恐怖

孤立感

過去の嫌な記憶を思い返す

すべてがつらく感じる

このようなサイクルに陥っていることがあります。

これは筆者自身が過去に、メンタルバランスを崩したときに自覚した悪循環のサイクルです。

すべてがつらく感じるところまでいくと、なんでもないことで泣いたり、何もしていないのに涙が出てきたり、変な独り言を言ったりすることもあります。かなり、精神的に「キテる」状態です。

しかし、もとを辿れば「疲れても休めない」ことや「疲れていても、休もうとしない」ということに、事の発端があります。

①疲れても休まない

どうして私たちは、疲れているのに休まないのでしょうか。

それは、本来の「善」と「悪」を逆だと思っているからです。

日本人の多くの人が、自分の心に従うことや、心身のバランスを保つために調整する作業を「悪」と思い、我慢して耐えること、ひどい状況にも屈しないことを「善」と思い込んでいます。

もちろん程度の差こそありますが、今まで生きてきた中でずっと「自分を楽にしてあげることは悪で、自分にがまんを強いることが善」と信じてきたのです。

おそらく、周りの人に言われてきたことや時代背景による、社会的な風潮など、いろいろな要因があると思います。

しかし「疲れているのに休まない」というのが、あなたにとっての「善い行い」になってしまっているのではないでしょうか。

心の深いところで「自分を楽にしてあげるなんてことは悪だ」と信じているので、いくら「疲れたら休みましょう」と言われても「休養が大切です」といわれても、腑に落ちないし実行する気持ちになれないのです。

②疲れていることでできないことが増える

当然ですが、疲労が溜まればそのぶんパフォーマンスは下がります。

いつもできていることができなくなる

ささいなことにイラついてしまったり、悲しくなったり、うろたえたりする

ミスや失敗、ケガや事故などが起こることもあります

しかし、それでも「あぁ、私は疲れているんだな」と認めて許してあげることができません。

ここでさらに「なんでできないんだ、自分は本当にダメなヤツだ」という、自責の再確認をしてしまうのです。

やはり「自分を許したり、楽にしたり、解放したりすることは悪である」と深層心理で信じ込んでいるので、ここでもまだ自分を休ませてあげられないのです。

③できないことが増え、罪悪感が増す

疲れによってできないことが増えると、今度は罪悪感が出てきます。

できない自分でごめんなさい。

また失敗してごめんなさい。

こんなに頑張っているのに、出来が悪くてごめんなさい。

すぐに疲れてしまってごめんなさい。

罪の意識でいっぱいになっています。

あなたにとって「できないことが多いのは、自分が頑張れないから」というめちゃくちゃな理由だけ。

でも、それをずっと信じているのです。ずっと昔から、そうやって頑張り続けてきているんだと思います。けっして、あなたが悪いわけではありません。

次第に「もしかして相手は『またできてない』って思ってる?」

「なんだかこの人、怒ってる?」

そんな風に、人の顔色を伺い、神経をさらに張り詰めるようになります。

④責められているように感じ、人の顔色を伺う

強い罪悪感によって神経が過敏になり、人の些細な言動や表情が気になるようになります。

「この人、怒っているかも」

「私のせいで、この場の空気が良くない気がする」

「私のどこがダメだったのだろう」

「もしかして、あのこと?いや、このことがダメだったかも?」

重要なのは、周りの人や対面する相手は、あなたに対してまったく怒ってなどいないということ。

本来そこに存在しない「恐怖」に対して、あれこれと思考を巡らせて自分を責めたり反省したり、行動したりしてしまうのです。

⑤対人恐怖による孤立感でいっぱいになる

人が怖く感じるようになると、言いたいことが言えなくなり、行動のひとつひとつに神経を張り巡らせるようになります

不意を打つように入ってくるメールやLINE、仕事の連絡、SNSのタイムライン……ありとあらゆることが「怖い」と感じるようになるのです。

すると、どんどん一人になりたくなり「自分は誰とも心を通わせることができない」「誰も信じられない」「人が怖い」と思うようになるため孤立感を感じます。

⑥過去の嫌なできごと、人生の悪い側面に目が行き始める

孤立感でいっぱいになると、今度は過去の嫌なできごとや人生の悪い側面に目が行くようになります。

自分が今このような状態になっているのは、過去のトラウマのせいなのではないか。あのときの挫折経験なのではないか。自分はいつだってつらい思いで生きている……

そんな風に、過去に思いを巡らせて人生すべて、自分すべてが悪いもののように思える。

そして結果的にうつ状態のようになってしまうこともあります。

これはあくまでも一例に過ぎないのですが、もとはといえば単なる「疲れ」から始まったことも、休むことができない、休んではいけないという強迫観念めいたものが強い人の場合、ここまで鬱々としてしまうのです。

疲れるのは「悪」ではなく「自然」である

疲れたり、調子が悪くなったりするのは、自然なことです。

しかし、日本人は自分の状態を口に出したり、楽になるよう休んだりすることがとても苦手です。

幼いころから疲れを怠けと言われて叱られ続けてきた人も多いでしょうし、社会に出ると「休めない」という感覚はより一層強まります。

子育てをしている人も、休めないという感覚は強いですよね。

しかし、人は疲れるのが自然であり、体調を崩すのも自然なこと。

人は機械ではなく、生身なんですよね。

偏った嗜好になったり、知らないうちにがまんを続けてしまう人は「自分はどうして、少し疲れを感じたところで自分を労わってあげないのか」を一度振り返ってみるといいかもしれませんね。

頑張りすぎる人は、本当に「休む」ということに対しての罪悪感や嫌悪感が強いです。

頭では、うまく調整できるほうがいいとわかっていても、なぜか、どうしてか、強い強い抵抗感と焦りを感じます。

疲れていても休まない人は常に「焦っている」かも?

休むということに対して、強い「焦り」の感覚を抱く人も多いはずです。

たった10分間休むだけでも「こうしてちゃいけない」と思う。

1日休暇を取るだけでも「後々の仕事に響くのではないか」と感じる。

体調を崩して3日でも休もうものなら「仕事(家事や育児)が気になって休んだ気になれない……」

なんてこともしばしばです。

しかし、実際はなんとか回っているし、最悪の事態に陥るようなことだってない。(嫌味を言ってくる人もいるのかもしれないですが)

「あぁ、自分を労わっても大丈夫なんだ」と気付ける瞬間に巡り合えるといいですね。

楽をしても、叱られないのだ。

全力で進まなくても、大丈夫なんだ。

止まってもいいんだ。

これは、すぐにはっきりと体感できるものではありません。

休んだり楽をしたりするのが苦手な人にとっては、ちょっとずつちょっとずつ訓練していくようなこと。

「今日から、適度に休める自分になりましょう!」といっても、なかなか難しいのは確かなんです。

しかし、このように「疲れ」から始まって、不要な罪悪感や対人恐怖、孤立感、過去の記憶の振り返り、うつなど本当にさまざまな負の連鎖を引き起こしているのは事実だと感じます。

最初は、ささいな「疲れ」から始まっているのです。

そして、無意識のところで「自分を許してはいけない」と身体が覚えいるのですね。

自分を追い詰めているサイクルや、きっかけに気づくだけでも今後の生活や生き方はかわっていくのではないでしょうか。

疲れや焦り、罪悪感などを感じやすい方におすすめの記事はこちらにもありますので、ぜひ読んでみてくださいね。/夏野新

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