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人間関係が窮屈に感じる理由とは?私が、窮屈な世の中を抜け出すまで

人混み
Photo by NICO BHLR on Unsplash

私には「窮屈な世の中だなぁ」とか「人間関係って息苦しいな」と感じていた時期がありました。

このような感覚はきっと多くの人が抱いているはず。

もちろん、現実に人間関係が上手くいかなかったり、面倒だったり、仕事がつらかったり、恋愛がうまくできなかったり……という悩みを抱えている場合もあると思います。

一方で、特にこれといった悩みはないのに、なぜか不自由さを感じていて息苦しいという漠然としたストレスを抱えている人も少なくありません。

理由のわからない生きづらさ」と表現されることもありますね。

私はこの感覚から実際に自分自身が脱してみて、はっきりとわかったイメージがありました。

この記事では「窮屈さの正体とはいったい何なのか」について、私の感覚と発見を共有したいと思います。

人間関係が窮屈ってどんな感覚?

人間関係が窮屈であること、窮屈な世の中とは、私の中で「満員電車」や「大勢の見物客で溢れかえったストリートライブ」みたいな感覚でした。

人間社会の中に自分の体がすんなり入るようなスペースがない

もしくは、わずか10cmくらいの隙間に無理やり体をすべりこませて、周囲の人に「すみません、すみません」と言いながら、入れていただいている……というような感じだったのです

毎日の仕事、友人・知人関係、夫婦関係、家族……全部そうでした。

世の中には自分が入り込むスペースなどない。

でも、なんとか入り込まないと社会生活を送ることができません。

だから、周囲に遠慮し、謝りながら「申し訳ないんですが、スペースを少し譲っていただけますでしょうか」という感覚で毎日、人と接していたのです。

もちろん、渦中のときは自分がそんな感覚をもちながら生きているなんてことに気づきもしませんでした。

しかし今思えば、満員電車の中に体を小さくしながら滑り込むような、大勢の見物客の後ろでわずかな隙間を探しながらなんとか「世の中」に参加しなければと頑張っているようなイメージが、すとんと腑に落ちるのです。

まさに、窮屈さを感じる、息苦しさを覚えるという言葉とそのイメージはぴったりと一致しますよね。

窮屈に感じる理由は、繰り返された「否定の体験」

「窮屈さを感じていたのは、完全に自分のイメージだったのだ」と気づいたわけですが、どうしてそのようなイメージをもってしまったのか。

それは「繰り返された否定の体験」であると私は考えています。

生まれてから今までの長い間に、人はたくさんの「否定の体験」をします。

私の場合ですと、まず幼少期に、育ての親からひどい言葉や態度で否定された経験があります。引越しや転校で、見知らぬ場所や環境に飛び込む機会も多い方でしたし、友達からいじめられたりからかわれたことも多かった。先生からも気に入られず、ひどい言葉をかけられたこともあるなぁ……。

そんな風に、幼少期から思春期にかけての「否定された記憶」はいくらでもあったのですね。

どんな人も、思い起こせばきっと、たくさんの「否定の体験」をしていると思います。他人から否定された経験を多くもっていればいるほど、当然「自分はここにいていい」という感覚をもちにくくなります。

するとそれは、普段認識できる「意識」ではなく、認識できない「無意識」となって漠然とした窮屈さ、怖さ、不安といったネガティブなイメージとして蓄積されていきます

私の場合も「自分が入るスペースがない」という感覚は、否定の体験が無意識(潜在意識)に定着してしまったことによって、自分でも意識することのできない体の感覚になっていたのだと思っています。

みんな無意識で生きている…!?潜在意識についてわかりやすく丁寧に解説します。

嫌な記憶を引きずりやすい、脳の特性

誰しもが、自分を肯定できなくする「否定の体験」をもっているものですが、人間の中には「嫌なできごとを記憶しやすい脳」をもっている人もいます。

人間は誰しも、ポジティブな記憶よりもネガティブな記憶のほうが強く残りやすいのも事実。それは「危険を回避するため」「自分の身を守るため」という、人間の防衛本能や危機回避能力として自然に備わっているものでもあります。

しかし、そのネガティブな記憶を維持しやすい「度合い」は人によって違います。

たとえば、脳が内向型である人は、ネガティブな体験がトラウマ化しやすいともいわれています。外部からの刺激にとても弱いので、否定的な体験、つらいできごと、動揺した経験……そういったネガティブな記憶を長く持ち続け、ことあるごとに思い出してしまう傾向があるとされています。

近年話題になっているHSP(ハイリーセンシティブパーソン)の気質をもっている人も、同じような傾向があるでしょう。

当然、否定の体験はネガティブな記憶であり、強い刺激です。脳の特徴によっては、ささいなできごとやちょっとした刺激も長期的な記憶として残ってしまい、身体の感覚として残り続けてしまうこともあります

ましてや、ひどくつらい体験をしたり、いつもいつも叱られたり攻撃されたりしてきた場合、ネガティブな体験が完全にトラウマ化してしまうのは当たり前というわけなのです。

トラウマとはいったい何?克服方法と消えない記憶の扱い方

HSPはみんなネガティブだと思ってない?内向型と外向型の違いを解説します。

窮屈に感じることから抜け出すには「安心体験」を重ねる

人間関係や仕事、恋愛など社会生活で、私と同じように窮屈さを感じているあなたは、今までの否定的な体験が積み重なったことや、嫌なできごとを記憶しやすい性質である可能性も考えてみてください。

では、そのような過去の記憶や脳の特性というものは変えられないのか?というと、まったくそんなことはありません。私はここ2年くらいの間で、社会に対する「窮屈さ」「息苦しさ」を感じることが格段に減ってきました。

その方法とは……

捨て身モードになって、安心体験を得る

私は、世の中に「自分のスペース」を感じられるようになるには、安心体験を積み重ねていくしかないという結論に至っています。

窮屈さを感じている人は、ほとんどのケースで「申し訳なさ」や「自分はここにいてはいけない」「価値がない、低い」という感覚を抱いているのではないかなと思います。

私の場合は常に、自分はどの人よりも劣っているように感じていたし、自分より価値の高い人の間に自分が委縮して入り込んでいくのが社会である……というような歪んだ感覚をもっていました。それは当然、窮屈なはずですよね。

しかし「自分はダメ」「私はここにいてはいけない」と思い続けていても、生きていけない、生活していけないのが世の中というものでした。

「こんな自分でも、生きていかなければいけない。役割を担っていかなければいけない」

最初はそんな感覚だったかもしれません。

最初はアレコレ考えて「こんなことをしたら大変なことになるのではないか……」「自分の気持ちなんて話したら、周囲は怪訝に思うのではないか……」という不信感でいっぱいでした。

ただ、それでも仕事や人間関係の中では意見を言わなければならない、自分を出さなければならなかったのです。

怖いし、逃げたい。社会と距離をとって、ひとりで生きていればいい。そんな風に心のどこか(潜在意識)で思っていたのですが、それでは社会生活がやっていけなかったし、毎日原因不明のモヤモヤに襲われて何より自分が苦しかったのです。

するといつしか「もういいや」「どうでもいいや」「嫌われようがかまわない」という、捨て身モードになっていったのですね。どうでもいいや、というのは決して人生を放棄するのではなかったように思います。

「もともと自分は価値がないのだし、失うものなどない」という感じかもしれません。

捨て身モードになったときのことを、後からよくよく考えると「価値がないと思っている自分を受け入れて、自分を楽にしてあげた」ということだったのだと思います。

わがままになったりとか、自分を好きになったりというキラキラしたことではない。普通に、常識的に考えて「自分がこれでいい」と思えることをそのまま出していくのです。

考え過ぎる性格、慎重な性格な自分が言ったりやったりすることが、社会のモラルに大きく反しているなんてことはきっとないだろう。そんな風に考えたりもしながら、少しずつ自然体を確立していったのだと思います。

ポジティブな体験も、積み重ねると「基盤」になる

こうして私は「どう思われようが知ったこっちゃない」という捨て身モードに入り始めました。

意見を言ったり、人と交流する中で、グルグルと不安なことやネガティブな予想ばかりしていることにほとほと疲れてしまったので「えいや!」という気持ちで、自分が正しいと思うことを、なるべく考え過ぎずに出すようになったのです。そうしないと、身体がもたなくて、生活が成り立たないと感じ始めたためでした

しかし、実際に「自分」を思い切って表現しても、提案やお願いをしても、意見を出しても、誰も私を嫌わなかったのです。(腹の底では嫌っていた人もいるかもしれませんけど、私にはわかりませんでした)

私は自分をそのまま出すという経験をするたびに「あれ、意外と大丈夫だったな」とか「あ、相手も同じように感じていたんだ!」「あ、何も怖いことなんて起こらないんだ……!」という大丈夫感を重ねていきました。

成功体験とも言えますが、私にとってこれは「安心体験」であると考えています。

否定の体験が繰り返されることによって、生きづらさが根付いてしまうのと同じように、ポジティブな体験も繰り返されることによって根付きます。脳の回路が形成されて、長期記憶という強い回路が定着するのです。

生きづらさを抱えている人が生きやすくなるためには「人に褒められること」や「社会的に評価されること」を続ける必要はまったくなく、むしろそれは逆効果になります。

まずは「安心の土台」を作るために、普通に振舞うことや自然に発言することで「大丈夫そうだな」という体感をつかんでいくことが重要です。

本来これが子どもの頃に安心体験として定着していれば、もしかすると窮屈さを感じることは少ないのだと考えます。しかし、大人になってからでも思考回路は変わります。体験の積み重ねは根気が必要で、一朝一夕に変わるものではありません。

今日意識したからといって、明日明後日には変わるなんてことはありませんが「生きやすくなりたい」という思いを捨てずに、根気よく自分に付き合ってあげれば必ず変わります。

窮屈に感じるのも、息苦しさも、イメージであることを伝えたい

私自身の経験や体感をもとにお話してみましたが、状況は人それぞれなので変化の仕方も千差万別であると思います。

今現在、直接否定されるような人間関係があったり、攻撃されることの多い環境にいる場合は、また別のアプローチが必要になるかもしれません。

しかし「理由のわからない生きづらさ」「原因不明のこわさ」「社会的な息苦しさ」のような漠然としたものは、あなたの過去の体験の積み重ねからイメージ化してしまっている可能性があります。

世界には、どんな人のスペースも用意されています。申し訳なさや窮屈さを感じながら生きていくべき人などいないのです。それが「身体の感覚」として定着している可能性もあると感じました。自分のイメージや、身体の感覚について、少しずつ深堀してみると何か発見があるかもしれません。/夏野新

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