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mixiって、本当にいいSNSだったなぁと懐かしむ話

今から10~15年前、mixiというSNSが盛り上がっていたことを懐かしく思い出せる人は多いと思う。mixiは現在も運営しているけれど、主流なSNSとはいえないだろう。

私は今30歳で、今から15年前の15歳のときにはじめてmixiというものに触れた。「ソーシャルネットワーク」という言葉を知ったのもこのときだった。

当時、確かmixiは紹介制で、既にアカウントをもっている知人かに招待してもらわないと、アカウント開設できない仕組みになっていた。とてもクローズドな空間だと思ったことを覚えている。

それに、18歳以下の若者はアカウントを開設できない決まりになっていた。もう15年も前のことなので、自分で自分を時効にする。言い訳だけれど、特に身分証明が必要なわけでもなかったので、年齢非公開、もしくは18歳という体で登録している10代は多かったのだ。

私もそんな中のひとりだった。当時はYahoo!チャットも全盛期の時代。私は主に音楽カテゴリに入り浸って、そこで知り合った人からmixiに招待してもらった。

mixiにあったコミュ二ティ名を思い出す

mixiには、コミュニティというものがあった。自分の好きなことやもの、社会的分類、学校名や仕事の業種、持病や悩み、どうでもいい宣言にいたるまで、なんでもあった。そしてコミュニティ一覧を覗くと、コミュニティの画像がサムネイル表示されるので、その人の雰囲気がおおよそ一発でわかってしまうというシステムになっていた。今思うと画期的だ。

コミュニティは、個人が自分で好きに作ることができたから、ほしいコミュニティがあればすぐに開設することができる。もちろんコミュニティの中では、情報交換も他愛もない話もやりとりできる。

「寂しがり屋のひとり好き」

「音楽がないと生きていけない」

「宇宙から見たらどうでもいい」

「長男・長女・責任感 」

パッと思い出せるだけだが、こんなにも的確な表現ができるコミュニティ名には脱帽する。懐かしい限りである。

mixiで出会った人たち

mixiでは本当にいろんな人とつながった。音楽の趣味で出会ったアメリカ在住の女子高生。北海道で出会い系のサクラをしていた大学生。コスプレ画像がすごくかわいかったひとつ年上の女の子。原宿で古着屋の店員をしていたアフロのロカビリー青年。

全部はとても思い出せないけど、今どうしているんだろうなとふと思うことがある。CDを送ってくれたり、手紙を送ってくれたりした人もいた。働いているお店を教えてくれて、立ち寄ってみたこともあった。

ときどき、マイミク(相互フォロー関係のこと)内でカップルができたり、別れてどちらかひとりが消えたりすることもあって、どきどきさせられた。マイミク同士でケンカが起こって、相談されたり、悪口を吹き込まれることなんかもある。

「マイミク整理します!」という宣言も、懐かしい。マイミクから削除されたことを気に病んでいる人も多かった。マイミクに嫌われているのではないかと、悩んでいる人もいた。そして自分も、そんな人間模様の中にいた。

なんだか、今のSNSと特にかわっていないようにも思える。でも「もう戻ってはこない」というだけで愛おしく感じてしまう、とても身勝手な感覚を抱くのだ。

当時のmixiには「ただの人」しかいなかった

今のmixiはどうなっているのか知らないのだけれど、当時のmixiにはただの人しかいなかった。肩書を売りにする人も、ビジネス目的での運用をしている人もいなかったのだ。

懐かしくて、愛おしい気持ちになってしまうのは、そういう「ただの人」しかいない場所だったからなのかな。ただの人でいるために集まっていたからなのかもしれないと、思うからだ。

リアルの日常生活では、好きな趣味の話ができない。自分と似たような価値観の人がいない。自分のことを話せる相手がいない。ただただ「自分はただの人ですが、そんな自分に似た人に会えたらうれしい」という場所だった。少なくとも私にとってはそうだった。

SNSがオープンになり、企業が参入し、仕事・ビジネスにも活用できるようになった。それによって人々の暮らしは豊かになった側面が確かにあると思う。自分もその恩恵を受けている。ありがたい。

でも、オープンな場所で自由に自己表現できない人や、個人をブランディングして仕事や活動に活かせない人にとっては、苦しい場になることも増えたと思う。キラキラした日常やトレンドの発信ばかりで、自分に自信をなくしたり、孤独になる人もたくさんいる。

もちろん、当時のmixiにだって「つらくなったので退会します」という人はチラホラいたんだけど、今のSNSのつらさとはまた種類が違ったのではないかな。

そんなこんなで、ただの人が、ただの人でいられるために逃げ込んでいた場所が、あのころのインターネットだったのかもしれないなぁと、ちょっと考えてしまうのだ。

私も、逃げ込める場所を作りたい

私は今こうして世間に文章を垂れ流しているけれど、あの頃も今も変わらず得体の知れない「ただの人」でいたい。

文章を書いているのは、自分に似た人に出会いたいからだ。そして、自分に似た人を探している人に、そのことを知らせるため。文章を書くなら、やっぱり「どこかに逃げ込みたい人」に向けて書くことしかできないなぁと、最近改めて思うようになった。

あの頃よりは自分も少しは大人になったし、成長したと思っているから、そういう逃げ込める場所を作る側になれたらいいなって、思う。だから最近はすぐ、自分のやりたいことを考えるときに、mixiのコミュニティの名前が頭に浮かんでくるのかもしれないな。/夏野 新

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