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人間不信なのに明るい。笑顔の裏に隠された心理とその特徴って?

人間不信な人ほど明るいことがある。その特徴と心理とは

人間不信とは人を信じられない人の事を言う。しかし、その誰もが「暗い顔をしている」と思っているなら大きな間違いかもしれない。世の中には、もう人を信じることを諦めているくらいなのに「明るい」「いつも笑顔」の人がいる。

音楽でもそうだが、歌詞だけ見ればとても暗いのに明るいメロディーに乗せて作られた曲はよくある。切なさや痛み、暗さや重さを暗いメロディーに乗せるより、なぜか明るい方がより切なく聴こえることはないだろうか。無理をして明るくしているその「一生懸命さ」がより伝わるからなのかもしれない。

人を信じられないのに明るい、という人はどのような心理でそうなるのだろうか。この記事では、人間不信でも明るい人の心理や特徴を詳しく解説していく。

人間不信なのに明るい人の心理とは?

「私だったらそんな経験したらとてもじゃないけれど立ち直れそうもない」と思うような経験をしているのに、明るく笑っている人はいるだろう。どうして笑えるのか、明るくいられるのか気になるところだ。人間不信でも明るい人には、こんな心理がある。

人生を達観している

達観(たっかん)しているとは、人生において視野が広く、すでに苦しみ終えた場所から様々な物事を見ている人のことだ。人間不信であることは変わりないのだが、そのことを自分の中で受け止めている人。

あなたの周りにいる人間不信なのに明るい人は、話していても少し「レベルが高い」「いう事がとてもしっかりしていて本質的」ということはないだろうか。人間不信になるほどのつらい経験をして、それを乗り越え、心に傷後は残っているがそれでも強く生きてきた人なのかもしれない。

「人間不信のまさにその途中」にもういない人だから、明るくいられるのだ。

「それでも生きていくしかない」と悟っている

達観している、ということにも通じることだが、人間不信でも明るい人は「悟っている」人が多い。どんなに人を信じられなくても生きるのが大変でも、「それでも生きるしかない」という境地にたどり着いているのだ。ここにたどり着ける人は稀である。しかし一定数いることも事実だ。

これは年齢や性別を問わない。たとえ20代前半でも、壮絶な経験をしたうえで乗り越えているのであれば、悟っていることもある。たとえばとても劣悪な家庭環境で過ごし、自立してきた人。他人に説明するのがめんどくさいほどたくさんのことを経験しているかもしれない。

このような人は、小さなことでは動じない。そして怒ったり他人を批判したりもしない。苦労人だからこそ、誰かに接する時はおだやかで明るく、人当たりがいいのだ。

暗い顔を見せることができない

同時に、長く人間不信で生きてきた人は、暗い顔を見せない「癖」がついていることもある。それはもちろん、会社や家族、友人や恋人の前でも暗い顔などしていてもなんのメリットもないと判断しているからだ。

「どっちにしろ暗い顔なんてしていても意味がない」という考えに至ると、自分の中の弱さがなかなか顔を出さなくなる。それが結果的にいつも明るいその人の人柄を作り出しているのかもしれない。

よほど心を開いた特定の(たった一人だとしても)人にしか弱音が吐けない、辛いところを見せられないのだ。しかし実際には、その「よほど心を開ける人」に出会うこともなければ、そこまでの関係を求めていないところもあるので、「人間不信でも明るい」という状態が生み出される。

ある意味もう諦めている

悟りの境地にたどり着くことは、一種の「あきらめ」でもある。「人を完璧に信じる事なんてできない」と理解しているのだ。人の心の中の事は誰にもわからない。どんなに表面的にはいい顔をしていても、心の中で何を思われているかは、どこまで考えてもわからないことだ。そして、その胸の内のことは誰にも否定することができない。

それが人間なのだ。「人間不信である」ということに対して、いい意味で肩の力が抜けていると言える。「どうして誰も信じられないの!」「どうしたらなおるの?」と自分の中で常に葛藤している時には、まだ心の苦しみが勝っていて明るくはなれない。

「人間不信だけど、まあ、それでもいいか」とある意味での諦めを抱いているから、明るいのだ。

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人間不信でも明るい人に共通する特徴とは?

人間不信なのに明るい人の心理は、切ないが「信じられないけど強い」と言える。その心理的な部分は、ほとんどの場合本人の口から語られることはない。心の闇が深いほど、1から10まで説明することさえできなくなるからだ。

大きな太陽の光があれば、そこには必ず涼し気な影が作られる。その影で休む人もいれば、太陽しか見ない人もいる。心の闇とは、表裏一体なのだ。

しかし、人間不信でも明るい人が表面的に見せやすい特徴や行動には共通点がある。そして、人に与える印象にも特徴的なものがある。ここでは人間不信でも明るい人の特徴について見ていきたい。

大勢でも1人でも対応できる「一匹オオカミ」

人間不信でも明るい人は、大勢の輪にいても1人でも行動ができる強さを持っている。集団生活にも順応的で、たくさんの人に囲まれてもごく自然にポジションを獲得できる。しかしその一方で、1人になっても動じない。よく見られるのは「人間不信だから1人でしかいられない」という人であるが、人間不信でも明るい人はそれがない。

どちらでも対応できる一匹オオカミなタイプで、自分の芯が一本通っていることが多い。

なぜかとても「魅力的」

人間不信なのに明るい人にどうしようもなく惹かれる人は多いだろう。オープンに見せているのにすべてを明かし切らず、どこか冷静で影を持っているところが魅力的なのだ。

「この人の事を知りたい」と他人に思わせてしまうタイプだ。人間不信だけど明るい人に恋をしたり、パートナーがこれに当てはまる人の場合は、片思い期間が長くなるだろう。たとえ結婚したとしても、すべてを見せてはもらえていないような気がして、寂しくもあるが惹かれてしまう。「追いかけられる」人なのかもしれない。

近づきすぎると壁を作られてしまう

「こんなに明るくて誰からも好かれるタイプなのに、一定の距離を超えようとするとうまくかわされてしまう」ということもある。人間不信の人は心の中にある一定の壁が存在している。「ここまではいいけど、ここからは話しても仕方ないよ」というラインを感じさせるのだ。

そのせいで「この人は何を考えているかイマイチ読めない…」と感じる人もいるだろう。そして、それ以上踏み込むことを諦める。しかし、壁を作っている本人としては、「自分を知ろうとしてくれる人がいる」というのは嬉しい。そこで諦めた人に対しては追いかけることもしない。非常にむずかしいところがある。

話していると見透かされている気がする

人間不信だけど明るい人は、物事を見抜く力がある。話していると悩みに共感してくれたり、理解してくれることも多い。「よくわからないけど、この人にはすべて見透かされているような気持ちになる…」という人がいれば、その人は経験豊富な人であることは間違いない。人間不信な人は痛みがよくわかるために共感性も高い。

時々「僕は(私は)、基本的に誰も信じてないから。でもそういうのも悪くないよ」なんて言ってのけたりもする。こういう人に限って、実は冷たいのではなくとても優しいものだ。

人間不信でも明るい人の心を溶かすには?【治してあげたい】

さて、人間不信だけど明るい=人生経験豊富な達観者、ということはなんとなくわかってきたはずだ。そんな人のことをもっと知りたい、もっと素のその人が見てみたいと思う人もいるかもしれない。

片思いしている人もそうだろう。人間不信でも明るい人の心を溶かしたり、踏み込むことはできるのだろうか。

「まっすぐな人」であること

大前提なのは「まっすぐな人」であることだ。心の闇が深く明るい人にとって、余計な画策や駆け引き、下心はすぐに見抜いてしまう。心を開きたいと感じる人は、生き方がまっすぐな人だ。少し不器用で、うまくやれないけれど、それでもまっすぐな人だ。

賢い人だから賢くなろうとする必要などない。むしろ反対で、純粋でまっすぐな考え方や生き方を正直に話すことである。

「諦めない人」であること

「この人何考えてるかわかんないし、あんまり関わらない方がいいかも」と言われる経験は、嫌と言うほどしているのが「人間不信でも明るい人」だ。関わるほとんどの人は、心を開いてくれないからと諦めて去って行ってしまう。

あなたはその地点で終わらない「めずらしい人」になることだ。壁を感じても、それでもあなたのことが知りたいと諦めないことが大事だ。その思いは、かならずその人の心に届いている。長くいればいるほど、心を開いてくれるようになる。

「他人を批判しない人」であること

他人のことを批判的にばかり捉えたり、悪口を言っている人は論外である。同じ立ち位置に立っていないとも言えるかもしれない。人間不信でも明るい人は、人間性を重要視する。表面的には「性格が悪いね」とは言わないし、それでも笑って普通に接してくれるだろう。しかし、そういう人を特別に思うことはない。

「愛してくれる人」であること

人間不信だけど明るいような心の闇を持っている人の根底にあるのは、「愛されたかった」という思いだ。事情は人それぞれ違う。それでも元は人間不信だったわけでもないし、心の壁を作っていたわけではない。人間、経験がすべてだ。それでも「人に求められたい」「心から愛されたい」という根本は同じだ。

「どんな自分でも愛してくれる人」と出会ったことがまだないのかもしれない。そんな人に出会えることは、人生において奇跡に近いことなのだ。あなたがその人の事を心から愛しているなら、同じだけの思いを返すことができなくても、必ず心を開いてくれる。

人間不信でも明るい人は、切なく強く魅力的な人

人間不信だけど明るい人。あなたの周りにもいるだろうか。

その人はどうしようもなく魅力的でもある、切ないほど強く闇の深い人。そんな人になりたいと思う人もいるかもしれないし、そんな人を好きになってしまった人もいるだろう。

そうなりたいのであれば、今の場所から飛び立ってみることだ。強くなるのは簡単ではない。とても苦しくて痛みを伴う。それでも乗り越えたあなたは、人間不信でも明るい人に一歩近づくはずである。

愛している人が「人間不信の明るい人」であるならば、あなたはそのままでいい。愛してくれる人がいるだけで、言葉にしなくても心の支えになっているからだ。/kandouya編集部

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