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あなたはダメじゃない。悩んでしまう性格には大きな価値がある!

すぐに悩んでしまう。悩む暇があったら動け。悩みたいから悩んでいるのだ。

そんな風に「悩んでしまう性格」であることや「くだらないことで悩む自分」にムチを打ってしまうことってあると思います。

確かに、いつまでも同じことで悩んでいたり、悩む必要のないことで悩んでストレスをためてしまうのはもったいないという理屈はわかりますよね。

でも、悩むのは絶対に「悪いこと」ではありませんし、悩むということには目に見えない大きな価値があります

悩んでしまう性格には大きな価値がある

悩みやすい性格、小さなことですぐに悩むのは一見「欠点」のように思えることもあると思います。実際に「つらい」「苦しい」といったネガティブな感情を抱く時間も多くなるので、自分自身のことを総合的に「ネガティブな人間」という風に設定してしまうとこも多いと思います。

しかし、悩むということは「このままでは嫌だ」「もっとよくなりたい」という気持ちが溢れている状態。つまり、どこまでも前向きで向上心のある証拠であると断言したいです。

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悩みは自分で作り出している、というのは屁理屈だと思う

「いつも悩んでいる人は、悩みたくて悩んでいるんでしょう」「悩みは自分自身が作り出しているんだ」なんて言葉も、私はよく聞きます。

事実として悩みやすい性格の人はたくさんいますが、それを望んで生まれてきている人なんているわけがない。悩みたくて悩んでいる人なんて、絶対にいない。私はそう感じます。

たとえば「いつも悩んでいる人は、誰かにかまって欲しかったり、話を聞いて欲しかったりという深層心理によって悩みを作り出してしまう」なんていう現象は確かに起こるんですよね。

でも、そのもっともっと奥には「人と会話したい」「誰かと一緒にいたい」「手を差し伸べてほしい」「愛されたい」という、非常に大切な心理が隠されています

自分自身でもそのことに気づく必要があるし、周囲にもそういうことに気づける人がもっと増えるといいなぁと私は思うのです。

違和感には重要な意味がある

どんな小さな悩みでも、その根底には最初に「違和感」があったはずです。悩みやすい人は、その違和感を察知するのが得意であると考えることができます。

違和感という言葉をよく考えてみましょう。私は「何かが違う」「調和できない」感覚という風に解釈します。辞書には「しっくりこない」「ちぐはぐ」などという表現をされていることが多いです。

しかし、違和感は大抵の場合無視されてしまいます。生活を送るため、平穏に過ごすため、自分を守るため。いろいろな目的によって、違和感は無視されていきます。

普通に生活していると、違和感は頭の中に浮かんではすぐに消えてしまうもの。はっきりと感じとれないこともあれば、自分の生活や平穏を守るためにあえて無視するようになっていく場合もあります。これは、しかたのないことなのです。

悩みは「なんとなく感じる違和感の集合体」「違和感を無視し続けてしまった(せざるを得なかった)結果」であることもしばしばだと私は考えています。

悩むのは「成長したい」というポジティブなメッセージ

悩んでしまうのは決して悪いことでもないし、人より劣っているのでもありません。「今よりもっとよく生きたい」「自分にしっくりくるように生きたい」というポジティブな本質が化けているような感じだと私は考えています。

どんな大きな悩みでも、そこには小さな違和感の積み重ねがあるだけで、あなたという人間に問題があるわけじゃない。悩みやすい性格だから悪いわけじゃないのです。

悩むという行為を私は否定したくないし、何よりも私自身も常に悩みながら生きています。

悩んでしまう性格や感受性をどう動かしていく?

とはいえ悩んでしまう性格だとストレスを抱えやすいのは事実ですよね。だからこそ、「自分はどうすればいいのか」という迷宮に迷い込んでしまう。

ここでは、悩んでしまう性格や、生まれ持ったか感受性をどう動かしていくかを考えてみます。

悩みは、自分自身ではない

最初にお話したいのは「自分は悩みやすい人間である」という風に、悩みと自分を同一化しないことが大事だということ

性格的なことだけでなく、今の悩みや現状に対しても同じです。悩みと自分という人間そのものを一緒にしてくっつけてしまうこともよくあるんですよね。私もよくやってしまいます。

どんな悩みも「状態」であると考えてみると、心が楽になります。たとえば、真っ白なシャツに泥水がかかってしまったとします。初めてその泥水に濡れたシャツを見たのであれば「汚いシャツ」という認識になりますが、最初の真っ白だったころのシャツを知っている人は「今、何かしらの事情があって汚れてしまっているんだ」という、ひとつの状態として認識できるんですよね。

これって、人間も同じだと思うのです。

今、何かしらの悩みや問題にぶつかっていても、それはシャツに泥がかかってしまったような状態です。あなたという人間が、泥まみれのシャツなわけではありません。

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「元通り」「一般的」になることを目指さない

もうひとつ大事だと思うのは、悩みや困難の先には「元通りきれいさっぱり」な状態も「一般的」な状態もないということです。

さっきのシャツの例えを使えば、泥がかかってしまった以上もう新品のときの白には戻りません。それどころか、泥水がかからなくても毎日身に付けて、洗濯して、日光に当てて干すという普通の「生活」を繰り返すだけでシャツの状態は変化していくのです。

そして、そのシャツは「一般的な人と同じ」状態になることもありません。どこが汚れて、どこが擦れて、どこにシワがよっていくのかはその個体によってすべて違います。元々同じシャツだったとしても、使う人によって物の状態は必ずそれぞれで違ってくるのです。

人間も物も、物質というエネルギーである以上同じ考え方ができると思います。

悩みに直面するときには、どうしても「普通はこうだろう」とか「元のようにきれいさっぱり解決」という方法を求めがちなのです。

すると「こういうときは〇〇をやめよう!」とか「こんな悩みは〇〇にすべての原因が!」なんていう風にテンプレート化した解決策や方法論を求め、鵜呑みにしてし舞ったりもしますよね。

悩みやすい人は、情報に迷わされることも多い

悩みやすい人、不安を感じやすい人は、情報に触れて正解を求めたり、焦ったりしてしまうことでさらにぐるぐる思考が加速することもあります。

でも、本当に自分に必要な情報はとても限られています。むしろ、最初に自分が感じた「これって〇〇したほうがいいんじゃないかな」という直感が自分に一番フィットしていたりもします。そしてそれを選ぶ自由も、本当は与えられています。

でも、そこに自信が持てなかったり、直感を否定するクセがあったりすることにより、情報や人の意見に頼りすぎてしまうようになる場合も当然あります。

すると、自分の感覚と周囲の情報との間でさまよってしまう……。そしてさらに正解がわからなくなるということも、あるのではないでしょうか。

悩みやすい人は、自分という「個体の状態」を意識してみて

悩みやすい性格でも、まずはそれ自体を否定することをやめていきましょう。悩むのは、成長すべきであるという認識がしっかりできているということです

ただ、ときに自分という人間が「悩み」や「現状」そのもののように錯覚してしまうこともあるんですね。だからこそ、自分の悩みというのは一時的な「状態」であると考えるようにしてみると、視野がパッと開けるかもしれません。

もちろん、今悩んでいるという状態には、そうなった経緯、ストーリーというものがあります。シャツに泥水がかかったのは、どうしてだったんだろう。泥水がかかったとき、私はどういう気持ちで、どういう風に思ったんだろう。そんな風に、今の状態を一度受け入れることで、他の部分を分析することも自然とできていくのではないでしょうか。/夏野 新

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