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「子供がかわいくない親は最低」という考え方こそが、母親を追い詰めている【意識改革】

「子供がかわいくない」なんて誰にも言えない

自分の子供は目に入れても痛くない?子供の笑顔は最高の宝物?頭ではそう思っていても、心の底からそう思えますか。本当のところ、自分で生んだ子供を無条件にかわいいと思える人ばかりではありません。そしてその事実は、誰にも言えない心の闇として、常に隠されています。だって、世間の人は「子供が可愛くないなんて、母親失格」「母性ってものがない異常人物」と批判するから。

ただ、子供がかわいいと思うことと、子供を大切なものだと思うことは別ものです。この記事では、自然に子供をかわいいと思えない人に向けて、その根本にある意識に触れていきます。

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【きれいごと抜き】なぜわが子をかわいいと思えないのか?

筆者には、子供がかわいくないと思ったことが何度もあります。「これくらいの子供って、何をしてもかわいいよね」という人に出会う度、自分の心がズキッと痛む。だって、何をしてもかわいくないときがあるから。なぜ大事な我が子なのに、純粋にかわいいと思えないのか?その理由を深堀します。

https://otokosodate.com/family/kosodate/kodomo-okoru

出口が永遠に見えないと感じる

子育てには出口がありません。もうすこし大きくなったら楽になるかな?私ももうすこし経験を積めば、子供の心がわかるようになるかな?そんな風に期待するのですが、いくつになっても次から次へと問題が生じます。

小さなうちは「言葉で言っても通じない」「24時間一緒」「泣いて抱っこをせがむ」などの悩みが多いですよね。それが次第に「親の言うことを聞かない」「反抗的になる」「悪知恵が働くようになる」など、形を変えた悩みに変化します。子供が成長すると、母親は体力的に少し楽になりますが、一方で「子供との関わり方」や「どこまで干渉すべきか」など精神面での悩みが増えてきます。

子育てに終わりはない、という言葉はまさにそのとおり。出口はが永遠に見えず、その疲労や悩みの蓄積が「子供がかわいくない」という気持ちに繋がっていることもあります。

苦労が多すぎる【孤独】

子育ては、孤独です。ひとりとして同じ子供はいないし、育てている親やそれをとりまく家庭環境も、ひとつとして同じ形はありません。だからこそ、誰に相談してもはっきりとした答えがでないのも「孤独」である理由のひとつ。

また、子育て環境が物理的に「孤独」だという人も多いでしょう。イクメンだの家族全員での子育てが大事だのと叫ばれる昨今ですが、一般的な家庭では、まだまだ母親ひとりで子供の面倒を見ている家庭が圧倒的に多いです。育児に疲れても「もういやだ!」と投げ出ずことなどできません。「時には子供を預けて自分のリフレッシュを」なんていいますが、預け先のない人や、預けても子供のことが気になって自分のリフレッシュどころではない人も多いはずです。

愛し方がわからない

子供には「無条件の愛情を注ぐこと」が大事だといわれています。どんなことも受け入れて、ありのままの子供を愛すればいいのです……。こんな言葉は、頭の中に入ってきてもそれが深く浸透しません。それは、自分自身が「ありのままでは愛されなかったから」。

例えば、生まれて一度もバランスの良い健康的な食事を摂ったことがない人が、誰かに完璧なバランス栄養食を作って食べさせることはできません。やり方を知らないのに、最初から簡単にできるわけがないのです。

諦めた夢、目標、キャリアがある

自分の意思で子供を生んだとはいえ、それで犠牲になったものがあります。思い描いていた夢やキャリア、目標など大きな人生設計を投げ捨てて子供を選んだ人もいるはず。小さなものでいえば、自由な時間、おしゃれ、自分にかけるお金、行きたい場所……諦めているものは、本当にたくさんあるはずです。「もっと自由に生きていい」「もっと好きなように生きよう」という言葉は、母親という立場にある人には実際、通用しません。

「自業自得だろ」という世間の厳しい目

ここまでで挙げてきた子供がかわいくない理由のすべては、確かに「自分が選択したことへの代償」といえます。選んだのは自分でしょ?それが母親の責任ってもんだよ。世間からは、そんな厳しい声が返ってきそうです。だからこそ、誰にも言えないのです。

子は宝。子供に全力を注ぐのが親の努め。それを望んだくせに苦しいなんて、自業自得、身から出た錆。そう、子供がかわいくないと思う度に「自分が全て悪いのだ」という自責の念に潰されそうになるのです。

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”子供は無条件にかわいい”と思えなくていい3つの理由

子供を無条件にかわいく思えない、それでもいいのです。一度頭の中を空っぽにしてから、読み進めてみてください。

子供はひとりの人間であって、相性があるもの

子供と親は、絶対的な絆で結ばれているような気がしてしまいますが、果たして本当でしょうか。子供の遺伝子の半分は、生まれも育ちも全く違う、赤の他人の遺伝子です。さらに、どちらに似ているかも異なります。自分に似ているほうがかわいいと感じる人もいれば、自分に似ている部分に嫌悪感を示す人もいて、感じ方はさまざまです。

子供は、自分の分身などではなく「ひとりの人間」です。原因はさまざまですが、相性が悪かったり、ぶつかりやすい何かを持っていることだってあります。

https://otokosodate.com/schooldays/schoolchildren/chukan-hankouki

「ひとりの人生を生み出した」ことへの責任はあまりにも重大

人間を育てている――。ひとりの人間の人生を生み出したという責任感を、強く感じれば感じるほど、その重圧を感じてしまいます。いつなんどきでも「かわいい」「宝物」と思えないのは、あなたが子供の人生への責任を背負いすぎていることが理由かもしれません。

親が全てだ、自分がしっかりしないとこの子が幸せになれない、そう強く感じているから、完璧な母親になろうと必死になります。その苦労を子供はわからないし、周囲もわからない。そしていつも孤独で、思いつめやすいという場合も往々にしてあるのではないでしょうか。

子供を育てる=見返りはないものだから

子育てには、はっきりと目に見えたり数値化したりできる見返りがありません。もちろん、成長していくことや、何かをしてあげたら喜ぶ姿、笑いかけてくる表情などが子育てにおける見返りです。でも、それ以上に思い通りにいかないことや、溜まっていく家事や仕事、そしてそれに輪をかけて要求してくる子供たちや、家族……。きれいごとでは済まないくらいに、怒りやフラストレーションが湧いたって不思議ではないのです。

「怒らない子育て」なんて無理!どうすればできるんだろう?

子供を頑張って愛している人のエピソード

これを書いている私は、2人の男の子を育てています。私は、長男を素直に愛せないことが度々あります。それには波があって、自然に接することができる時期、最大限に愛情表現できる時期、顔も見られないくらいにかわいくない時期を繰り返しています。

長男は、性格が私にそっくり。そそっかしくて、大雑把。でも、感受性が強くて人の気持ちに敏感です。相手が今、何を言って欲しいかをすぐに察したり、自分がどう振舞えばいいかわかったりする子供。何か嫌なことがあっても、それをはっきり言葉にしたり、感情に任せたりすることはなく、いつも自分の殻に閉じこもってしまいます。

親子間で衝突するときは、やはり母親である私に余裕がないことが多いです。私の心にゆとりがあれば、長男のこともちゃんと受け止められるのですが、なかなかできないこともある。それが度重なると「私、このままで大丈夫なの?」と思うくらいに、長男をかわいいと思えないのです。私はなるべく表には出しませんが、おそらく本人には伝わっていると思います。

なぜ、長男のことが愛せないのか……それは、私は私が嫌いだからでした。自分にそっくりな、長男のことが許せないのです。思い返せば、長男に対してイラっとする瞬間は、全て自分に似ている性格的傾向ばかり。一方、私とは正反対の性格をした次男には、まったくかわいくないと思う瞬間がないのです。

自分のことが許せないまま、子供を育ててきたのだと思います。いつも必死で、完璧な人間になろう。もっと、褒められる人になろう。そうやって生きているのに、なぜあなたは私のダメなところに似ているの!そんな風にしちゃだめなのに!そういう気持ちになっているんだと、息子が10歳になってから気付きました。

それから私は、なるべく完璧になろうとすることをやめました。人から褒められる人間になることや、理想の母親を目指すことで、ありのままの子供を愛せないのだとわかったからです。「頑張って愛そう」「理想のママになろう」私がそう思っていたから、逆に親子共々苦しんでいたんですね。やめようと思ってすぐにやめられるようなものではないのですが、ときどき振り返るようにしています。お母さんは頑張らなくていいといわれるのは、こういうことなのです。

子供をかわいいと思えない人のために!心を楽にする考え方5つ

とにかく自分の心を楽にしましょう。愛そう!頑張ろう!と意気込むのは逆効果で、見方を変えていく方法を考えるのがいちばんです。

「キラキラしたママ」をデフォルトにしない

いつも笑顔でかわいいママ。おしゃれで人付き合いも上手で、旦那さんにも優しい女性。そんな女性が、世の中の大多数の母親ではありません。おそらく、子供を愛せないという悩みを持っている人は想像以上に多いし、毎日の生活にうんざりしているママだってごまんといます。キラキラしていなくても、良妻賢母でなくても、あなたはあなた。あなたのままでいいのです。

周囲と比べて自分の価値を下に見てはいけない

自分以外の人は、みんな優れているように思ったことはないでしょうか。自分にできることなど、他人にも簡単にできることのように感じたことはありませんか。自分に自信がなく、自分のことを好きになれない人は、周囲の価値を大きく見積もって、自分自身の価値を小さく見積もる傾向にあります。また、自分の中の欠点を大きく捉え、長所を小さく捉えることもあります。

自分の価値を認めること、今必死に子育てしているあなたの価値は本当に本当に大きいです。自分で認められないなら、私が認めます。

愛していると言いながら殺す親よりよほど良い

世の中には、子供を愛しているといいながら殺してしまう親がいます。実際に命を奪う親もいるし、心を殺す親もいます。「私は子供のためを思って頑張ってる!」「子供がかわいいから手をあげてしまうこともある!」そんな風に、自分の満たされない心の毒を、子供への愛だと言って正当化する親もたくさんいます。

それに比べて「自分は子供をかわいく思えない」と自覚して、なんとか改善しようとしているあなたは、なんて正直で誠実なのでしょうか。私が子供だったら、あなたみたいなお母さんの方がいいです。

「衣食住を守る場所に子供もいる」と考える

子供のすべては親にかかっている。その考えを捨てて「衣食住を共にしている人」と考えてみましょう。

同じ家に、子供もいる。そこに、その人がいる。そう考えれば、とても楽になります。あれもこれも、全部やってあげなくてもいいし、無理なことは無理だと言っていいのです。腹が立つことをされたら、怒っていいのです。母親なんだから、朝から晩までずっと子供や家族のために優しく、強く……そう考えると、できなかったときの自分にガッカリしてさらに自分を責めてしまうでしょう。

「子供をひとりの人間として見る」というのは、子供の意思を尊重するという意味だけではなく、母親の首を絞めないための考え方でもあるのです。

関心を向けてさえいれば、そこには愛がある

あなたはきっと、子供をもっと愛したいはすです。かわいいかわいいと言って、いつも撫でてあげたいはずです。でも、それができない。いつも子供のことが気がかりで、いつも子供のことが頭から離れないのに、なんで自然に愛せないのだろう?そう思っているのではないでしょうか。

これは立派な愛情です。実態の伴わないうすっぺらい言葉をかけるより、言葉はないけれど必死に関心を向けている。それだけでも、じゅうぶんなのではないですか。

子供がかわいくなくたって、あなたは頑張っている

自然に子供がかわいいと思えなければ、母親として頑張っていないことになるのでしょうか。きっとそんなことはないはずです。

かわいいと思えないことを責めている時点で、向上心がある

子供をかわいいと思えないことを、あなたは責めているはずです。誰にも言えずに悩んでいる時点で、あなたはそこに後ろめたさや、罪悪感を持っているのです。でも、それはあなたのせいではありません。原因はきっとさまざまだし、子供への接し方にも波があるものだと思います。でも、自分を責めてしまう人は、常に「もっとよくなりたい」という向上心をもっています。その向上心を、いい方向に向けられるといいですね。

でも最後まで投げだしてはいけない

どうか最後まで、子供を投げ出さないでください。時には誰かの手を借りたり、どこかに預けたり、何らかの手段をとることがあるかもしれません。でも投げやりになったり、その気持ちを見ないフリしたり、子育てをあきらめないでほしいです。

広い世間には、同じ思いを抱えているママがいます。自分の心や子供の心と向き合って、折り合いをつけて、日々なんとか暮らしている人がたくさんいます。自暴自棄になりそうになったら、この記事のことを思い出してほしいです。

子供を可愛いと思えないあなたでも立派な母親です

世の中には、正解がありません。子供をかわいくないと感じてしまうのが悪いことだとは、誰にも言えません。自分の中で精いっぱいやっているという実感を、大事にしてほしいです。

ちゃんと子供を見ているし、子供を心から愛したいと思って悩んでいるあなたは、立派な母の鏡です。/Kandouya編集部

【子供を虐待する親の心理】違う世界の話だと思っていませんか。

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