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【本当の好き】人を好きになる理由とは?【無償の愛】

人を好きになる理由ってなんだろう?

そんな、ちょっぴり哲学的なことを考えたことが誰しもあるのでは。

「自分はこの人の、どこが好きなのかな?」と、ふと考えたりする。「私のどこが好きなの?」と聞かれて、ちょっと考えこんでしまうとか……そんなこともあるはず。

人を好きになる理由って何でしょうか。

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人を好きになる理由を、勘違いしてしまう?

「この人が好き」という感覚はあっても「なぜ好きなのか」を正確に答えられる人はほぼいないと言っても過言ではありません。

触れられたから好きなのに、別の理由を答える青年

レジの店員さんの女性に手を触れられたときと、触れられないときの男子高校生の脳の反応を見るという実験がありました。

男子高校生は、レジの店員女性に手を触れられた時の方が相手に好意的な印象をもつ脳の反応が見られました。

触れられただけで、ちょっと嬉しくなるというか、意識するような感じ、わかりますよね。

しかしその男子生徒に、女性を好意的に感じた理由をたずねると「顔がかわいかった」「感じがよかった」などという、視覚情報を理由にあげるのです。

実際は、手に触れられたから好意的に感じたのに、意識ではそれを認識できないわけです。

「顔がかわいい」「愛想がいい」というのは、脳が勝手に作り上げた理由であり、言ってみればこじつけです。

そうやって人は「この人のことを好きな理由」を、適当に作り上げてそれを信じ込んでいる部分があるのでしょう。

人を好きになる理由があると厄介?

先ほどの男子高校生の例のように「人を好きになる理由」を脳が勝手に作り上げてしまうことがわかりました。理由なんて、なくていい。むしろ、ない方がいいんです。

たとえば、あなたは恋人のことを「優しいし、紳士的だから好き」などと思っているとしましょう。

でも、本当に相手に好意を抱いている理由、脳が反応している部分は別のところにある可能性も結構高いわけです。

それなのに「この人は優しくて紳士的だから好きなんだ」と自分で思い込んでしまうと、相手がちょっと冷たくなったり、欲望をのぞかせてきたときに「キャー!私の好きなあなたはこんな人じゃないでしょ!」と、拒否してしまうわけです。

優しく紳士的、というのは自分自身の勝手なイメージであり、こじつけの「好きな理由」なのに。それを相手に当てはめてしまうので、相手がその枠から出るとこちらが苦しくなったり、怖くなったり、悲しくなったりする……。何とも厄介な仕組みではありませんか。

無条件の愛って本当にあるの? 本当の好きって一体何?

無条件の愛とは「見返りを求めない愛情」「本当の愛情」というようにも表現されます。

でも、無条件の愛なんて本当に存在するの? って思ってしまうこともありますよね。私たち人間は、どうしてもどこかで見返りを求めてしまうものだし、自分を認めてほしいとか、甘えたい、愛情をもらいたいという「生理的な欲求」がありますから。

ただ、本当に幸せになりたいとか、楽に生きられるようになりたい、いい恋愛や結婚をしたいと思うならば「本当の好きって何かな?」とか「無条件の愛って何かな?」ということを、ときどき考えてみるといいかもしれませんね

好きな人に、何を期待しているんだろう?

あなたが好きな人に、あなたはどんなことを期待しているでしょうか。

  • 恋人
  • 夫婦
  • 子ども
  • 友人

あなたの身の回りの、親密な間柄にある「好きな人」にどんなことを期待しているか、考えてみてください。

期待していること……というと漠然としていてわからないな、と思ったときは「なんで〇〇してくれないの?」とか「なんで〇〇じゃないの?」というような不満から連想するといいかもしれません。

多分、関係が近ければ近いほど「なんで?」って不満に思うことって増えていくのではないかな、と思います。そして、自分が相手に尽くしたり、相手のために頑張っていればいるほど「なんで応えてくれないの!」と、怒りを覚えるのでは

好きな人への期待が大きいほど、自己愛が強い?

相手への期待が大きいほど、「自分はこんなにもこの人のことが好きなんだ!」だと思うかもしれませんが、実はそれは間違っています。

「好きって言ってほしい」「自分の望みを叶えてほしい」「甘えさせてほしい」こんな、期待はどんな人でも大なり小なりもつものですよね。 そしてそんな要求が強いと「私はこんなにもあなたのことが好きで、大切なのに!」と思ってしまう。

しかし実際は、相手への期待 (好きと言って欲しいとか、構って欲しいとか) が大きければ大きいほど、自分の中の心が渇いているんです。相手は正直なところ関係なくて、自己愛の問題なんですね。

自己愛とは、自分を大切だと思う心のことで、誰でも持っているもの。ただ、自己愛が満たされずに寂しい気持ちのままでいることによって自己愛がどんどん前に出てくるので、人間関係や恋愛、子育てなどいろいろなことがうまくいきません。

この人が好きなのか、自分が好きなのか?

「人を好きになるのに、理由なんているかい?」

映画のクライマックスシーンで放たれそうな言葉ですね。

でもまさに、その通りなのだと思います。人を好きになるのに、理由なんて頭で考えてもまったく意味がないのです。そして、人間は「この人のことが好きで好きで仕方がない!」のか、それとも「自分のことがかわいくてかわいそうでしょうがない!」のか、どちらなのかも区別がつけられないことがあるのです。

恋人・男女の「好き」

熱く燃える恋よりも、なんとなく始まってゆるく続く恋の方が上手くいきやすい傾向にあります。これってなぜなのでしょうか?

よくある恋愛の成功パターンとして「本命ではなかった人」や「何度も告白されてしかたなく付き合った人」と、長年仲良く結婚生活を送っているケースってありますよね。

芸能人のおしどり夫婦のなれそめを聞くと、女性が男性に対して「最初はぜんぜん好きじゃなくて、むしろウザいな~って思ってた」なんて笑いながら話すこともしばしば。

でもそれって、なんで好きかわからないし、この人に幸せにしてほしい!という欲求もない。なんとなく「まぁ、この人でいいかもしれないな」とやんわり思って、流れに乗っていく。そんな理由なき恋愛の方が、自分の自己愛は自分で満たすという自立がしやすいのかもしれません

親子の「好き」

よく「あなたのためを思って言ってるのよ!」と本気で泣きながら言う母親と「そんなこと、私は望んでない!」という子どもの話が例にあげられますが、まさしくその通りなんです。

親が子供に向かって泣き苦しみながら「あなたを愛してるから言うのよ!」と訴えてもまったく伝わらずに反抗されるのは、自己愛を「相手への愛情」だと無意識に信じて疑わないからなんですね。でも、それは仕方がないことでもある。誰でもそんな一面をもっているものなのだと思います。

でも、心のどこかには「私がこれだけあなたに労力をかけているんだから、応えてよ」という自己愛があり、それが根本的なもつれの原因です。ただ、本当に注意して自己分析を繰り返していないと、自分が錯覚を起こしていることにさえ気づかずに相手を批判してしまう。これは、親子間に起こりやすいことではありますが、どんな人間関係にも置き換えて考えることができるでしょう。

「なぜこの人が好きなの?」と聞かれてもわからないような愛

人を好きになる理由と、好きな人のいいところや自慢なところは別物です。もし相手に、見えなかった新しい一面や、がっかりするようなところが見えたとしても「もっと知りたい」と思ったり「そこは自分がどうカバーできるだろう?」なんて考えられたりすると、関係がよくなることも。

つまり、人間には「人を好きになる理由」なんてないのです。もしあったとしても、それをはっきり自分で認知できることのほうがめずらしい。今あなたが好きな人の「〇〇だから好きなんだ」と思っていることも、実はそれほど重要性がないかもしれない

ただただ、そこにいてほしいとか、顔を見るとホッとする。相手が楽しそうにしていると、ちょっと幸せだなって思うくらいの「好き」でいいのではないでしょうか。/Kandouya編集部

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