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【あなただけじゃない!】人見知りあるある連発!これを読んだら不器用な自分が愛おしくなるよ

世の中に人見知りの人はたくさん生きているはずなのに、なぜだか「なんで自分だけこんなに人見知りをこじらせているのか……」と鬱々とした気分になっていないだろうか?

多分それは、みんな人見知りであることを「ダメなこと」「情けない」と思って隠しているからだ。でも、隠したりあとで反省したりするのって、本当にしんどい……。

この記事では、人見知りにしかわからない小さな「あるある!」を思いつくだけまとめてみた。電車の中で、布団の中で、こっそり読んでニヤニヤしてもらえたら最高に嬉しい。

細かすぎるけど伝わるよね? 人見知りあるある!

ひとつひとつは割と細かい。でも、それが1日に何度も、そして毎日……となると本当に心労だ。人見知りは怠慢ではない。人見知りは、毎日こんなにも神経をすり減らしているんだから!

相手が自分を認知してくれたかどうか不安すぎる!

人見知りにとって、初対面よりも「何度か会ったことがある人」や「1回だけ会ったことがある人」の方がこわい。それは「相手が自分のことを覚えているか?」「どこまで認知してくれているか?」がさっぱりわからないからだ。

自分は相手のことをけっこう覚えていたり、何度も見かけていたりしても、相手は自分のことをすっかり忘れているかもしれないし、そもそも眼中にないかもしれない。そう思うと「あぁ、この前はどうも!」なんて、気安く言えない。「え?誰?」と冷たい眼差しを向けられるのは怖いし「ちょっと話したことあるからって、そんな馴れ馴れしく来るなよ…」と思われるのも怖い。

もし覚えてくれていたとしても「知らないわけじゃないけど、親しくもない」という間柄の、適切な接し方というのがイマイチわからない。だから、結局気付かないフリをしてしまったり、そっけない感じになってしまうのだ。

人に会う前は、精神統一もしくは気合溜めが必要

人見知りは、いつでもどこでも人と合流できるタイプではない。

「今日は知らない人がいっぱいのところに行くぞ!」と気合を入れたり「今日はアウェーに乗り込むぞ!」という気合を入れて自分に喝を入れないとエンジンがかからない。もしくは「大丈夫…静かにしていれば誰にも嫌われないはず……」「とりあえず空気のようにそこに浮いていよう……」と精神統一してからでなないと、人には会えない。

「お前の話なんて、聞いてないよ」と「そんなこと聞くなよ」の間で揺れる!

人見知りは、なかなか会話に乗れない。どうしても、受け身の会話になってしまうことが多い。それはなぜか?

「そんなこと聞いてないよ」「自分語りばっかりするな」と思われるのが怖いのだ。

よく知らない人と会話するときには、どうしても相手の話と自分の話の比率を考えてしまうものだ。でも、ときどき「この人、自分の話多いな…」「その話、まだ続くのかな…」というモヤモヤを抱えることがある。

自分が話すときは、このバランスに注意しよう!と心に強く誓っているのだ。するとどうしても「こんなこと、話してもな」「相手は別に、自分の話に興味なんてないかもしれないし」と、どうしてもオープンになれないことがあるのだ。

じゃあ、逆に質問するほうに回ればいいじゃないかとも思う。でも、今度は逆に

「そんなこと親しくもないお前に話したくないよ!」とか「え、初対面でそこまで聞いちゃう…?」みたいに思われるのも怖い。だから、何を聞けばいいかも分からなくなって頭はパニック。結局スマホで来てもいないメールのチェックをし始めちゃったりするのだ。

なんて呼んでいいかわからないから話しかけられない!

何て呼んでいいかわからない問題は根強い。初対面の人に「何て呼んだらいいですか?」とも聞けない。聞けばいいんだけど、聞けない。またそこで内なる自分が「そんなの好きに呼べよ」って思われるかも…「普通苗字にさん付けだろ」って思われる恐れもある、とかややこしいことを言いだすからだ。

でも実は、人と仲良くなるのに名前を呼ぶのはけっこう大事な要素で、名前を呼んでくれるだけで相手からは好印象を持たれたりするらしい。しかし、自分の内なる声がジャマしてくるのでどうしても「あの……」とか「えーっと…」から会話を始めてしまい、なんとなくテンポや歯切れの悪い会話になってしまうのだ。

「とっさの対応」が苦手すぎる!

人見知りは、とっさの対応が苦手だ。さっきから何度も登場している「自分の内なる声」が多すぎて、突然の対応にまで頭が回らないからだ。

例えば、外出先で知り合いにばったり会うのは怖い。インターホンのモニターに知らない人が映ると居留守する。友達と会っているときに、友達がそのまた友達にばったり出くわして、立ち話している間なんてもう、何をしてどこを見ていればいいのかもわからない!

だから急に、カバンの中にゴミがないか探して、拾い集めて移動させたり意味のない行動をとってしまうのだ。

少し打ち解けても、時間が空くとリセットされちゃう!

人見知りでも、そりゃ長い時間話したり、何度か接したりしていれば、少しずつではあるが人と打ち解けることができる。他人から見ると「この人全然心開いてないな」と思われていたとしても、人見知りなりに少し慣れているはずだ。

でも、一晩寝たら一歩下がる。ましてや、次に会うまでに数日空いてしまったら関係は振り出しにリセットされたようなものだ。

こうなると、また最初の「相手が自分を認知してくれたかどうか不安すぎる!」くらいまで戻って、一からやり直しだ。セーブし忘れて、経験値も拾ったアイテムも、あがった分のレベルも全部パーになったような気がしてしまう。

申し出る・お願いする・提案するのが苦手すぎる!

人見知りは、申し出る・お願いする・提案する この3つが大の苦手だ。

これは、相手が予期しないところに自分を突っ込んでいくことと同じだからだ。

人見知りはそもそも気が小さい。気が小さいので、自分が誰かの手を煩わせたり、時間を奪ったりすることがとても苦痛だ。

例え注文した料理に髪の毛が入っていても「まぁ、取って食えばいいか…」と屈する。人に何かを頼むときの心苦しさを感じるくらいなら、面倒な作業に耐えたほうがマシ。「それってこうしたほうがいいんじゃない?」と思っても「それは各々で気付いていくことだろう…」なんて思って引っ込んでしまうのだ。

共通の友人? それ、他人でしょ?

人脈を広げるには「共通の友人をもつこと!」なんてよく言われるが、それは人見知りにとっていちばん厳しいことだ。

友達が突然友達を連れてくるとか、友達が恋人を連れてくるとか、そういう予想外の他人が入り込んでくるのが耐えられない。もちろん、その場は耐えるけど、内心「誰!?こわいこわい!」と思いながら、引きつり笑いをしている。

そもそも人見知りは、1人の人と仲良くなるのに何ヶ月、何年とかかるのだ。やっと目の前のひとりのことを理解し始めたところで、まったく違う他人が登場することで、その場の空気感や会話の内容、テンポやトーン、全部の計画がパーだ。

手持無沙汰にならないために必死!

人見知りあるあるとして定番なのは、やっぱり沈黙が怖いことだ。相手がよほど人見知り慣れした、引き出し上手な人でない限りどうしても沈黙が生まれる。会話は途切れてもいい…沈黙は怖くない…と心に言い聞かせていても、やっぱり気まずいものは気まずい。

そういうときのために、手持無沙汰を解消するものに目を光らせている。

スマホで意味もなく天気やLINEをチェックしたりするだろう。でも、人と会っているのにスマホを見るのはマナー違反だと言われることもあって、それができないシーンも増えた。そういうときは、さっきまでゴミだったはずのチラシをくまなく読んだり、そこに貼ってある何かのキャンペーンポスターに心を救われたりする。ときどきは、ペットボトルやガムの原材料や製造元住所なんかを見て「へぇ…熊本なんだ、意外だな。」なんて思ったりして、手持無沙汰と戦っていることだろう。

ひとりになってからの「反省会」でも疲れる!

人見知りは、とにかく考えすぎる。ひとつひとつのことに、慎重すぎるのだ。

そして、人と会った後、自分が解放された後も「反省会」によって苦しめられる。

「あ!あのときあの人が言ってたのは、こういうことか~!あ~気づかなくて愛想笑いしちゃった……」とか「あのとき、相手の人ちょっと引いたような顔してたよな…ちょっと言い方がまずかったよな…」なんて、振り返って気付くことも多い。

でも、いまさらそんなこと言ってもしかたがないし、今度会ったときに挽回しようとするにもかなりのエネルギーがいるしで「もう人付き合いなんて全部やめてしまいたい!」と自暴自棄になることもあるだろう。

何回会っても、親しくなれない人がいて怖い!

何回会っても、なんだか親しくなれない。むしろ毎日会っているのに、なぜか噛み合わない。誰にでも合わない相手というのはいるものだ。

さらに、そういう人ともうまくやっている人がいたり、その人と他の人とのやりとりの様子が、自分のときとは全然ちがったりすると、かなり傷つく。

「この人、こんな風に笑うのか…」「え、この人とここまで親しくなるには何か特別な魔法が…?」くらいの気持ちになる。

でも、何度会ってもどれだけ接しても噛み合わない人は、けっこう頻繁に登場する。すると「自分ってやっぱりコミュ障なんだな」とか「絡みにくい人間なんだ」と自分をどんどん責めてしまい、崖っぷちまで追いつめることになる。

人見知りは、克服するべきなの?

人見知りを、悪いことだと思うのはやめよう。

人見知りの人を批判する人も多いけれど、人見知りの心理はすべて「他人を不快にさせまい」という優しさからきているものだと思うのだ。

いくら話すのが上手でも、自分語りが長すぎたり、相手を知らず知らずのうちに傷つけたりするよりは、人見知りでグルグル悩んでしまうほうがかわいい。人見知りで、誰かに迷惑をかけているわけではない。

確かに、必要な連絡、報告程度はちゃんとするようにしなければいけない。でも「人見知りなんて、克服しちゃおうぜ!」「人と話すこと、出会うことこそ素晴らしいんだ!」という考え方が、自分にとって最適ではない。

そういう意見は、もちろん参考になる。世界が広がることの感動も、味わってみてもいいだろう。でも、だからって自分を無理にそっち側の感覚に合わせて、尻を叩く必要は全くないのだ。

克服したいなら、少しずつ変わればいい。でも、昔からネガティブ要素が強くて人付き合いが苦手な人は、そのベースを無理やり崩す必要はないのだ。

年齢と共に少しずつ増える経験値で、改善されることもある。そして、人見知りであることを「それがいちばん自分っぽい」と受け入れることも、人付き合いを楽にするコツだ。こうやって、あるあるを読んだり、人見知り仲間と共感し合ったりできれば、少し心が安らぐだろう。

人には得意不得意があるものだ。明るくワイワイできるだけが、素晴らしいことではないだろう。/Kandouya編集部

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