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みんなあいつに合わせてる…?想像力がない人は「孤独な人」

誰かに心ない言葉をかける人や、配慮のない人は「想像力がない人」と表現されることがある。

モヤっとするような体験を誰かに話すと、

「そういう人は想像力がないんだよね」

という言葉で片づけられてしまうことも多い。

確かにその通りなんだけど、なんだか少し漠然としている気がしないだろうか。

想像力って、見えない部分に目を向けることや、相手が言葉にしない事情にまで思考を巡らせて察することである。でも想像力のあるなしは、生まれ持ったものではない。

想像力のない人は、とても孤独で、子供のような人なのだ。

想像力がない人は「自分の感覚が世の中のすべて」

想像力がない人は「自分の感覚が世の中のすべてである」と錯覚している場合と、「自分の感覚は正しいから、あとはみんなが合わせてくれる」と思っている人の2種類だ。両方が繋がっている場合もある。

それぞれ具体的な例を元に、考えてみよう。

自分の感覚が世の中のすべてと錯覚しているタイプ

例えば、ここに「仕事がしんどい……」と嘆く人がいるとする。そこに、想像力のない人が相談に乗るとする。

「想像力ナシさん」がこの「仕事シンドイさん」に出会ったとき、自分の感覚で対応する。

例えば、想像力ナシさんは普段から、全力の80%くらいで「マジでしんどい」と周囲に助けを求められる人だった場合、仕事シンドイさんに対して「いやいや、本気出せばまだいけるでしょ?」と期待する。

逆に、想像力ナシさんが全力を120%越えしたところでようやく「ちょっとしんどいかも……」と言えるくらいの人だった場合、仕事シンドイさんに対して「まじでしんどいくらい本気でやってたら、結果出るでしょ」という強者目線になる。

しかし、仕事シンドイさんの限界値は、実際のところ表向きにはわからない。

人には、それぞれ生まれ持った気質や育った環境による「性格」があり、それに基づく環境がある。そして、その環境を変える力や時間、お金がどの程度あるのかも違う。心を許せる理解者がいるかどうか、助けを求められる人がいるかどうか、仕事や家庭でどんなポジションにいるか……。「仕事シンドイ」さんの状況は、グラデーションのようであり「このパターンはコレ」と決められることはまずない。でも、自分の感覚がすべての人は、グラデーションをイメージするどころか「当然、赤でしょ?」と決めつけてかかる。

自分の感覚を前面に出せる人は、人に合わせてもらって生きている

自分の感覚で常に生きている人に対して「それは違うだろ!」「想像力なしかよ」とはっきり言える人がどれだけいるだろうか。

そういう人に対していちいち突っかかっていられるほど、世の中の人は暇ではない。

だから「そうですよね……」「わ、わかりました……」と相手が常に折れてくれる。察しがいい人は特にそうだし、そうでもない一般的な感覚の人でも「めんどくさいな」と思って引っ込んでしまう。

すると、自分の感覚だけで生きている想像力ナシさんは「やっぱり、自分が正しかった」と、どんどん自信を膨らませていく。気づいたときには誰も指摘してくれない。多分、誰かがよかれと思って指摘しても、もう通じない。

人生の筋道というか、計算式のようなものが完全に「自分中心」なので、それを根底から覆すことはもうできないだろう

「自分の感覚」を前提に話すことの大きな落とし穴

人と接するときに、まず「自分の都合」や「自分の感覚」でものを言うクセのある人は、大きな落とし穴にはまっている。

自分の都合や感覚を前提に話すと、そこには「否定」の言葉が生まれやすいのだ。

美容院の予約を例にとって考えてみよう

例えば、美容院を予約するとき、想像力のない人は「自分の都合」をまず伝える。

「明後日の日曜日、14時にカットとカラーで予約したいんですが。」

お客なんだから当然だろう、と思うかもしれない。

でも、休日の昼明け、14時頃というのは美容院の予約は混雑する時間帯だ。

「すみませんが、その時間はいっぱいでして……」

予約が空いていれば否定は生まれないが「自分の都合」を先に話すことで、否定される確率は当然高くなる

でも「明後日、パーマとカラーで予約したいのですが、空いているお時間ってありますか?」

休日の美容院は混雑しているということが想像できているので、その中で相手の都合も考慮しようという考えのある人はこういう話し方ができる。

すると

「日曜日でしたら、14時・16時・18時が空いてますよ。」

などと、肯定の返事がもらえる確率が高くなるのだ。これは運やタイミングも関係してくる例にはなってしまうけど、当然相手の都合に合わせようとする姿勢でいるだけで「否定」される機会は減る。

断られたり、否定的なニュアンスの言葉が会話の中にないので、やりとりが非常にスムーズなのだ。

想像力を働かせない人は、イライラしやすい

想像力は、ある程度もって生まれた感受性の影響で左右されることもある。

でも、多くは幼いときから繰り返してきた「自己中心的な振舞い」が今の人間を作っている場合が多いのではないだろうか。

「相手の都合はどうかな」「なるべく双方が心地よくいたい」

という視点が抜け落ちている人は、常に「自分の感覚」でものを話すようになる

それに対して人は、否定の言葉や争いを避けたいという気持ちから、相手に合わせてなんとなくうなづいたり、上辺だけで賛成する。だから、想像力ナシさんは「自分の言い分や判断はいつも正しい」と思い込むのだ。

でも、仕事や近しい人間関係の中では「いやでも……」「ただ私の場合は……」と相手が自分の都合を伝える場面がある。これは、人と人がやり取りをする中で必ず起こる場面だし、きっとその相手は「なるべく穏便に」という姿勢で話をするはずだ。

しかしそれでも、普段圧倒的に人に合わせてもらっていることの方が多い想像力ナシさんとしては、腹立たしく感じることもあるだろう。

「否定された!」「反論された!」という感情が強く出るので、冷静な対処や、ものごとの本質的な部分を解決しようという気になれないこともある

しかし、この一連の心の動きや、人の動きの流れに気がついていないのは、想像力ナシさんだけ。

想像力のない人に出会ったらどうする?

想像力がないから仕方ない、という考え方では、理不尽な思いをしたり、心ない言葉をかけられたときの傷は癒えない。だから、ちょっと視点を変えて、ストレスをうまく排出させたり、薄めたりすることをおすすめする。

「わかってくれない」ことに落胆しないで

想像力のない人に傷つけられたり、感情をぶつけられたりすることがあるだろう。「なんでそんな心ないことを言うのだろう」「普通に考えたらわかることなのに」と、あなたが落胆することも多いと思う。

でも、そういう人はおそらく周囲からの人望もない。普通に、何事もなく暮らしているように見えるけれど、上辺だけだと思っていい。多くの人が想像力ナシさんに合わせていて、実は心の中で「想像力ないなぁ……」「自分の感覚でものを言うから話したくないんだよな」と、思われている可能性が高い。

だから、わかってくれないことに落胆しなくてもいいのだ。理解されないと「孤独」を感じてしまうものだけど

本当に孤独なのはあなたではなく、本当はその人なのではないだろうか

強い人に合わせたり、交わしたりしないと日常が成り立たない。見えていないだけで、心のどこかにあなたと同じようなモヤモヤを抱えて、黙っている人はいっぱいいると思うのだ。弱肉強食という言葉はまさに、こういうことにも当てはまると思う。

みんな心に漠然とした嫌悪感を抱えながらも、見なかったことにしてなんとか生活しているのかもしれない。

想像力のない人に「5」の情報を伝えるためには「10」の情報を話す必要がある

想像力とは、特定の情報を元に、見えない部分や想定できることまでを推し量って、自分で考えていく……ということだ。

だから、想像力のない人に何かを伝えるときは、一般的な感覚の倍量の情報を提供しなければならない

1言えば10わかる人もいれば、5伝えて5理解する人もいる。そして、5伝えても2.5しか理解しない人もいる。

この理解力ば鍛えただけ上がるものだ。だから、いつも人に合わせてもらっている人や、自分の感覚でものを話すのが当たり前の人は、どんどん理解力が下がる。

本当にその想像力ナシさんに何かを伝えなければいけないときは、倍量話してやっと思い通りの伝わり方をする……くらいの気持ちでもいいのかもしれない。そして「そこまでして、理解してもらわなくてもいいや」と思えば、なんとか適当にやり過ごすしかないのだ。

ただし、圧倒的に後者を選ぶ人が多いから、今その想像力ナシさんがトンデモな人であるというのも、また事実だ。決して、わかってもらえないなとあきらめるのは、あなただけではないんだと思う。

想像力のない人は、想像力のある人にカバーされている

ここで今書いたことは、全部私の想像だ。

だから、誰かを傷つける発言をする人、自分の感覚でしかものを見られない人のことすら、こうして「そういう人なんだな……」自分の中で解釈して、納得させて、あきらめていく。

他人を推し量れる人と、推し量れない人の差は、こうして掛け算のように開いていくのだ

一見、想像力のない人に、察しが聞く人が傷付けられているようにも思える。弱者であるようにも見える。

でも、本質的な部分でこの構図をみると「想像力のない人」を「人の気持ちや境遇を想像できる人」がカバーしてあげているに過ぎないのではないか。あなたを傷つけてくる人や、理不尽なことを要求してくる人は、あなたがたのおかげで普通に社会生活を送っているのかもしれない。何とも皮肉だけど、そう思って次のステップに想像力を掛け算していくほか、方法はないのかもしれない。/Kandouya編集部

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