誘いを断れないのは、いい人だからでしょうか。
優しいから?
がまんしやすい性格だから?
損していることに気づいていない?
それって本質でしょうか。
筆者自身、誘いを断るのは苦手で、口実を考えたりギリギリまで粘ってしまったりすこともありました。
また、誘ってもらえたことを嬉しく感じてOKしてしまうのですが、後から後悔する……というような経験も少なくありません。
この記事では「誘いを断れないのはなぜか?」というテーマに対して、ピンポイントな心理を発見したのでお話してみます。
誘いを断れない性格……その本質的な心理とは?

誘いを断れないとき「断ると相手をがっかりさせるのではないか」という思いが強いはずです。
もちろん例外もあるとは思いますが、断るのが苦手な性格の特徴として「やさしい」「いい人」というレッテルが貼られているのは相手の気持ちを考え過ぎるためなんですね。
では「なぜ相手ががっかりすると思うのか?」というところにまで視点を広げてみましょう。
そこに
「自分が人を誘うときの労力がとても大きい」という心理が浮かび上がってきました。
これはあくまでも筆者の体感的なものではあるのですが、私は人を誘うときはかなり念入りに検討し、慎重に行動するタイプなのです。
誘いを断れないのは、慎重で配慮しすぎる性格にあるかも?
自分が人を誘うとき、何かお願いをするときは、相手の都合や気持ちを念入りに考えます。
- 日時
- 相手の状況
- 行先
- 当日スケジュール
- いつのタイミングで誘うか など
私自身、考え過ぎたり、特定の物事に慎重になりすぎたりすることがあります。
特に、人間関係は得意ではなくネガティブ思考や警戒心が強いこともあってか、誰かに誘いの声をかけることや、お願いをするといった「要望」を投げかけることにハードルの高さを感じているんですね。
しかし、人と関わることは大切だし、本当に好きな人とは会いたいし話したい。
「これは自分の力と今の状況では無理だ……!」という判断したときは、誰かに頼ってお願いをすることもあります。
ただそれも「本当に自分が八方ふさがりになりそうなとき」だったり「これ以上頑張るとさまざまなことに支障がでてしまうので危険」みたいな域だったりするのですね。
だからこそ、人にものを頼むときや、人にお誘いの声をかけるときはかなり慎重になりますし、相手への配慮やタイミングのお伺いみたいなことを重々検討するわけです。
自分がそういう感覚で人に声をかけるがゆえ、相手が自分を誘ってくれたり、何かをお願いされたりしたときには
「相手は、考えに考え抜いた末に、自分に声をかけてくれている」ような気持ちになっているのだと、気づいたのです。
もちろん、誘いやお願いを受けたその瞬間はそこまで意識していません。でも、誰しも自分の感覚がすべてであり、自分に染みついたものの見方で、対応を判断してしまいがちなんですよね。
だから、人に自分から働きかけることが苦手だったり、慎重だったりする人は、誘いを断ることで「相手の労力や気遣いを無下にする」ような気持ちになってしまうのではないかな、と感じます。
これは結局、やさしいとか、いい人だからということとは少し違っていて、そのもっと奥にある「自分の無意識の感覚」がそうさせていることなのではないかと思うわけです。
だからこそ「気にしないようにしよう」とか「傷つけるのではないかという気持ちを捨てる」といった対処法が難しいのだと思っています。だって、自分の体感を捨てるということはできないからです。
自分が、当たり前のようにやっていること。無意識的に考えている思考パターンを捨てることって、本当に難しいです。もう、本当に「誰にどう思われても死にはしない」みたいなヤケッパチにならないと無理なのではないかとも、感じています。
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自分が人を誘うときには、やっぱり慎重に、人を選んで、勇気を出して声をかける。
だからこそ、他人が自分に声をかけてくれた時は
「ありがたい!」
「えっ!私でいいの!?」
「選ばれた」
「期待されている」
「好かれてる」
というようなポジティブな感情が湧いたりすることもあります。
しかし関係が続いていくうちに、何だか窮屈さを感じたり、それほど自分が大切に扱われなかったり、なんだか最初に醸し出していた雰囲気とは違ったり……という「思ってたんと違う」ような状況になることも少なくありません。
仕事関係や恋愛関係など、重要度の高い関係性では特に「選んでもらった嬉しさ」みたいなものが、私の中にはあったんですね。
でも、結局相手はそこまで吟味して選んでいるわけではなかったりします。
ちょうど目についたので、声をかけた。
ヒマだったので誘ってみた。
なんとなく誘ってみた。
都合よく動いてくれるひとを探していた。
そんなことも、世の中には全然普通にあります。
相手が悪いという批判や被害者意識ではまったくありません。一般的にはわりと「簡単に人とつながる」ものなんですよね。そうでないと社会は成り立たない。
でも、慎重派だったり、ネガティブ思考だったり、人付き合いが苦手だったり、内向的だったり……そういうマイノリティからすると、気軽な交流の感覚がわからないということもあります。
人と一時的に親しくなることは難しくないのに、関係を継続させることが難しい場合もあります。過度に責任感を持ちすぎたり、考え過ぎたり、配慮しすぎたりしてしまうためですね。
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自分の感覚を捨てるのは難しいですが、それでも「断る」ということを意識的にやっていかないと自分の生活やメンタルを守ることができないのは事実ですよね。
そこで、意識したいのは「自他境界」の意識です。
先ほど「自分が人を誘ったり、お願いしたりするときにとても慎重に考える」というお話をしました。
それって、自分の感覚ですべての人を見てしまっているのかもしれない、とも思うのです。
「自分と他人はすべてが違う」ということを、常に意識するといいかもしれません。
これは、今回のテーマ以外に、人間関係のどんなことにも必要な考え方なので覚えておいて損はないでしょう。
人の感覚は、人それぞれ。人生経験や生活環境や習慣、気力体力、価値観……全部、個々で違うんですよね。
「自分がそうされたら嫌だから、相手も嫌だろう」というのは、ときに必要な配慮でもありますが、あまりにそればかり考えると自分を苦しめてしまうのです。
ただ、昔から日本では「自分がされて嫌なことは相手にもしないようにしましょうね」という教えが通説です。
この教えは「嫌だと感じることは全員同じ」という前提がちょっと混じっているんです。しかし実際には、何を嫌だと感じるかはけっこう人それぞれ違うものですし、その程度だってかなり差があるものなんです。
だからこそ、考えすぎなくていいし、なるべく自分の思うことを伝えていいんですよね。
誘いやお願いを断るときも、そして自分が人を誘ったり、頼みごとをしたりするときも、まったく同様。自分の感覚は自分だけのものであって、少なくとも世間の半数くらいの人とは違っていて当然なのです。
そう考えると、無理して引き受けるのも、無理して付き合う必要もまるでないのだと、少し思えるといいなぁと感じます。
誘いを断れないのは、確かに自分の問題。でも、しょうがないじゃん。
考え過ぎる性格、慎重で警戒心の強い性格、内向的な気質、受動的であること……
全部、世の中では理解されにくいものかもしれません。
断れないから損をするのだとか、いい人でいることが自分を苦しめているんだとか、いろんな言われ方をします。
でも、それはあなたが本当に、たくさんのことを考えて、検討し、勇気をもって毎日行動をしているからなのではないでしょうか。何も悪いことはありません。
ただし「自分の感覚がすべてではない」ということは、覚えておいてほしいと思います。
断られてもその2分後には別の人に連絡している人もいるでしょうし、断っても断っても、根気よく連絡してくる人だっていますよね。仕事の大事な役割を断り続けながら、何十年と楽な仕事だけで勤務を続ける人もいます。
みんながみんな自分のように考えて行動しているのではないんだ、と知ることで人間関係や仕事、恋愛など、いろいろな場面で、今より少しは楽になるのではないでしょうか。/夏野新