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ネガティブ/マイノリティ専用WEBマガジン

≪short stories≫好きも、愛してるも、もういらないや……カップルの愛情表現の形

ダサくて愛情表現が少ない、何にもいいところのない彼氏

半年前、あの人と別れた。今思えば、変なやつだった。いつもシワのついたTシャツを着ていて、いつも同じズボンを履いてた。顔は悪くないけど、イケメンってわけでもない。出不精なくせに歩くのだけはやたら早くて、向こうから手を繋いでくれることもない。時代遅れのうるさいロックみたいなのばかり聴いていて、食べたがるものもいつも決まってた。

今思えば、なんであの人を好きだったのかわからない。一緒にいたときも、まわりで仲睦まじく笑ったり、くっついて歩くカップルが羨ましくなるばっかり。部屋には、意味の理解できないタイトルの本が並んでいて、整理の行き届いていない服や雑貨が散乱していた。話が合うときもあれば、合わないときもあって、だんだん無言の時間が増えた。自分が惨めに感じるようになって、だんだん会わなくなった。会う回数が減っても、ほとんど連絡もよこさない。あの人は今、何をしているんだろう。

愛情表現の言葉なんて、何もなかったあの人

その人とは、たまに行くファーストフード店で会った。私はそのときすごく落ち込んでいて、少しヤケにもなっていた。当時好きだった人に、知らないところで「空き瓶みたいな女」と呼ばれていることを知った日。

なんで空き瓶なのかよくわからないけれど、中身がないとかそういう意味だったのかもしれない。

「私の何を知っているのよ?」という思いと、心の裏側に触れられたような思いとで、すごく落ち込んでいた。そのせいで気が散っていたのかもしれない。私は2階の窓際の席に座るや否や、熱々の食べ物が乗ったトレーをそっくりそのままひっくり返してしまった。

全部ぶちまけた。ハンバーガーもポテトも、ジュースも全部ちらばった。ジュースの蓋が取れて、中身が全部流れ落ちた。飲んでもいないのに空になったカップを見て「空き瓶」のことをまた思い出した。

私がぼーっとしていると、男が声をかけてきた。「俺これもういらないから」と一言いって、私の席に手を付けていないハンバーガーとアイスコーヒーが置かれていた。新手のナンパなのかと思ったが、そうではないらしい。

男はすぐに階段を下りて、そのまま帰ってしまったようだ。

私が散乱した食べ物を片付けようとしゃがみ込んでいると、店員が雑巾とモップをもって上がってきて、甲高い声でこちらに向かって何か言っている。あの人が帰り際に、呼んでくれたのだろうか。私は、自分の目から涙が出ていることにも気づかないで、店員に平謝りした。

それから2日後、同じ時間に同じファーストフード店に行った。なじみの店だからなのか、あの人に会って何か言いたかったからなのか、自分でもわからない。いなければいいな、と思いながら2階席に行くと、あの人が座っていた。

少し迷ったけど、人としてお礼を言うべき場面だと思ったから、私は緊張した気持ちの悪い声で「この間は……ありがとうございました」と言葉を発した。

「好きだ」って、わかるように表現してほしい

思えば、あの人は「好きだ」とか「付き合おう」とか、そういう線引きをしてくれなかった。

私はずいぶんと長いこと「私たちって付き合っているのかな?」と不安になって、ひとりで悩んでいた。

もう悩むのも疲れ、最終的にはしびれを切らして「私たちって、付き合ってるんだよね?」とその人に確認したのだ。あの人は「うん、そう思ってる」とだけ言って、あとは何も言わなかった。

はじまりから終わりまで、ずっと言葉がなくて不安だった。スキンシップはあっても、それは男の欲望の形でしかない。

なんだかこう、私がイメージしている「恋人」らしい雰囲気とは全然違っていて、いつもモヤモヤを抱えていた。「好きだ」と言って髪をなでてくれるようなことなんて一度もなかった。結局は、あの人の言動を私が都合よく解釈して合わせてあげていたから、上手くいっていたんだろうと思う。

私はたぶん、落ち込んでドジをやらかしたときに、ちょっと優しくされただけで好きになったような錯覚をして、ついて行ってしまったんだ。何しろ私は空き瓶みたいな、空っぽなくせに重たい女だから、ちょっとだけでも何かを注いでほしかっただけなんだろうなと、思っていた。

「好き」をいっぱいくれる男の人と出会った

私はあの人と別れて今、新しい恋人と一緒にいる。友達の紹介で知り合った、感じがよくて爽やかな人。何より、ファッションも髪型も、なんとなく垢抜けていて、何より似合っている。職業は、よく知らないけれど横文字の肩書で「新しい働き方」をしているらしかった。なんだか別世界の人のようで、私の知らない新しい世界を見せてくれる気がした。

でも、性格は真面目で誠実で、何でも純粋に言葉にする人だ。付き合うときなんて、サプライズプレゼントまでしてくれた。

今話題のコスメを選んでくれて、私でも知らないようなものをよく知っているんだなぁと、驚いてしまった。私のために、私がいないところで準備して、計画を立てて、実行してくれる。こんなに愛されるって、嬉しいことなんだと初めて知ったような気持ちだった。

目を見て「可愛い」「好きだ」「最高」って言ってくれる。ちゃんと言葉で言ってくれる彼が、神様みたいに思えた。私はもう、幸せになったんだ。空っぽの空き瓶なんかじゃない。「ざまぁみろ」と、誰かに心の中で悪たれをついて、顔で笑った。

男の人にエスコートされたり、はっきりとした直接的な言葉で愛情表現をしてもらうのはすごく嬉しかった。楽しかった。私みたいな女を好きになってくれて、大事にしてくれて、感謝でいっぱいだ。

いつも準備されているデートコース。話題のお店、カップルのパワースポット。インスタ映えするカフェ。

新しい彼と行く場所は、どこでも楽しかった。だって、周りのどのカップルにも負けないくらいに、私たちは笑っている。彼の愛情がちゃんとわかるから、心も自然と繋がるんだ。手を繋げば、ちゃんとわかる。

新しい彼と私との関係が……あぁ、なんだか……わかる。言葉や物の価値ってなんなのかが、私ははっきりとわかった。

カップルの愛情表現って……

朝起きると、彼から「〇〇ちゃん、おはよう!今日は、仕事終わったら駅前のCafe Bouquetで待ち合わせしよ!早く会いたいな。今日も好きだよ。」とLINEが入っていた。私は、スタンプをひとつ押すのが精いっぱいだった。

彼と一緒にいると、息が苦しい。好き好きって言われると、自分はもっと好き好きって言わなきゃならなくて、必死になってしまう。好きの言葉を超えるような言葉って、他に何があるだろう。好きと一度言う度に、自分の中の何かが消費されて、砂みたいになっていくような気がしていた。

私はこの人に何を返してあげられるのか、完璧なデートコースを歩きながら考えている。彼と一緒に歩く私は、どんな風に見えているのだろう。「〇〇ちゃん、どした?聞いてる?」彼が何か話しているのに、頭に入ってこないことが多くなった。私は、以前の私が欲しかったものを全部手に入れたのに、また違うものを欲しがっているのだろうか。もっともっとと、欲深くなっているのだろうか。わがまななのかな、私。

今の彼と付き合い始めて3ヶ月が経った。いつの間にか新しい彼との時間が、息苦しくなっていた。いつも用意されているデートコース。話題のお店、カップルのパワースポット、インスタ映えするカフェ。

「私、本当にこういうの好きだっけなぁ……」

愛の言葉や物なんて、もういらないや

新しい彼には、ダメなところも不満に思うところもない。嫌なところなんて、ひとつもない。なのになんで、こんなに一緒にいるのが苦しいのだろう。

最近、なんだかあの人のことばかり思い出す。あの人の、意味の分からないTシャツの柄。薄汚れた靴を「かっこいいでしょ」と言って履くときの横顔。部屋に山積みになった、手に取ろうとも思えないようなタイトルの本。生活感しかない机。つやのない髪の毛。隣に座ったときの言い表せないにおい。

あの人は、私に全部見せてくれていた。

好きなものも、ダサいところも、だらしのないところも、みんなと違うところも。全部見せてくれた。

そしてあの人は、私が私を見せるのを待っていたんだ。何も言わないで、ただ私が心を開くのを待っていたんだ。何をしてもいいよ、何を見せてもいいと、何も言わずに言ってくれていたんだ。なのに、私は全部あの人のせいにして、自分を守って、助けてくれたことも忘れて「何もくれない!」と、心の中で罵っていた。

はじめて会ったときだって、そうだった。「大丈夫ですか?」とか「これよかったら食べてください」とか、ちゃんと言葉にすればいいのにって思った。普通ならそうするでしょって、あのときは思った。でも、そう言えば私が遠慮したり困ったりするのがわかっていたから、いらないなんて言って、黙って帰って……

私が自分のこと、空き瓶だってわかっていたから、あの人はずっとそうしていたんだ。私って、本当にバカ。

愛情表現は言葉じゃなく、ただそこにいるありさま

人間なんて、みんな穴だらけでイビツなものだ。欠陥だらけの人間。拭いても拭いても、すぐにホコリがついてしまう。それでもいいって言ってくれていたんだと思う。

あの人は、言葉や物、他人の視線や評価なんてどうでもいいって、わかっていたんだろう。

そのまんまでいいってどういうことなのか、彼のありさまがそれを教えてくれていたのかもしれない。でも、私がわがままだから、勝手に過去を美化しているだけなのかもしれない。それでもいいから、私はなんだか今、無性にあの人に会いたい。

【カウンセラーによる解説】

 

愛情表現が多いこと、少ないこと……この2つには、どちらがいいという正解はありません。

 

言葉には確かに人の心を温める効果がありますし、逆に言葉をかけすぎると人を追い詰めてしまうケースもあります。そのため、言葉での愛情表現はいらないということではありません。

 

このストーリーの主人公の女の子は、自分や自分の恋人を周囲と比較し、世間一般的な幸せ、映画のような素敵な恋愛に強い憧れを抱いていました。

 

「言葉」や「物」など、はっきり見たり聞いたりできる愛情を欲しがっていたのは、言葉や物の豊かさ、周囲からどう見られるかによって、自分の価値が変わると思っていたからです。

 

言葉が少なく、外見も趣味も地味だった元彼は完全に「自分だけの価値観で生きている人」です。

対照的な新しい彼は、顔やファッションセンスもよく、女性の扱い方も上手い「誰から見ても評価される人」です。

 

どちらの男性がいい、悪いというものではなく、女性本人の中に「誰かから認められたい」という不安や「周りのカップルに負けたくない」という嫉妬心や劣等感があると、本当に大事なことや、大切な人からの愛情も見逃してしまうことがある……というお話でした。

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