kandouya

ネガティブ/マイノリティ専用WEBマガジン

ネットの情報に疲れる?スマホ・テレビ・ネットに踊らされない

「なんだか、ネットニュースを見ていると不安になってくる」「SNS内の喧騒に落ち込んでくる……」

あなたはこんな、ネットやスマホに疲れるという感覚を抱いていませんか?

SNSやネットニュースなどを習慣的にチェックしている人、またそこに大きな時間を費やしがちな人は、世の中の空気に飲み込まれてしまうことがあります

2020年序盤から、世間は「コロナウィルスの流行」で大騒ぎです。これを書いている筆者の元には「怖い」「なんだか疲れる」「どうなっちゃうんだろう……」という、不安を抱えている人からのメールやLINEが続々と届いています。

SNSを見ていてもざっくりとした感覚では、タイムラインの7割くらいがコロナ関連の話題です。今回だけでなく、世間はどんなときも特定のニュースや問題、スキャンダルなどの話題に湧くものです。

ネットやテレビなどのメディアは、実際の状況不安を10倍にも100倍にも膨れ上がらせてしまうものです。情報の波にのまれている、何を見ても同じ話題ばかりで疲れたな…と感じる人は、少し立ち止まってみましょう。

ネットやテレビの報道に疲れて落ち込む人が急増!

情報に飲まれて疲れてしまう人は、最初から「情報過多になっているな」と自覚しているわけではありません。

自分の中に湧く、原因のわからない不安に心が揺れ始めて、その不安を解消するためにまた情報を探す。そして不安が雪だるま式に大きくなってしまい、寝込んだり落ち込んだりする……

ここではじめて「あぁ、ネットの情報やニュースの話題に疲れているんだ」と気付くわけです。

情報を遮断することや、スマホデトックス(スマホをしばらく見ない)などをすることが大事だとよく耳にします。しかし、結局は何か情報を得ていないと不安だったり、人と繋がっている感覚がないと不安だったりするため、完全に情報を遮断することができない状態に陥っていることも。

「自分は何が不安なのか?」ということすら、わからなくなっているので余計に落ち込んでしまうんですね。

SNSやネットニュースばかり見ていると、なぜ疲れるの?

SNSやネットニュースを見続けることで、どうして不安になるのか。そのメカニズムを少し見てみましょう。おもしろいほどに、自分の脳が情報に乗っ取られていることに気づくと思いますし、それがとても無意味であることに気づくかもしれません。

発信側は不安を煽って、読者や視聴者の気を引いていることが多い

情報発信をする側の事情を考えてみましょう。

ネットのニュースや世間で問題になっていることを取り上げる発信者「誰かに見てもらわないといけない」という事情があります。つまり、視聴率や読者数などの集客、SNSのいいね!やリツイート、コメントなど。

媒体が個人か企業かは、実際関係ありません。発信は人に見てもらわないと意味がないので、どうしても「話題性」や「不安を煽る」ということに走りがちなんです。

人は、びっくりするような見出し、衝撃的なニュース、不安なことに関する情報などに飛びつきやすいです。そのため、とても小さな問題であっても「危険!」「恐怖!」「深刻!」などという言葉を使って、人の注意や関心を引いている部分が必ずあります。

だから、実際の問題はどの程度大きなものなのか?ということを、受け取る側の個人がちゃんと自分で考えなければ、情報に飲み込まれていく……ということなんです。

必要のない情報まで入ってくるので混乱する

ネットの情報は、特にSNSを中心に拡散していきます。SNSは個人の発信数が多く、やたらめったら、言いたい放題なのがこわいところです。

とても小さな不安、小さな変化、どうしようもないことについても、自由に自分の意見や主張をバシバシ述べることができてしまいます。もちろん中にはデマ情報なども含まれていて、目にしてもしなくてもどうでもいいようなことまで、目に入ってしまう……それがSNS疲れの落とし穴です。

自分も「不安にならなくちゃいけない」と錯覚する

ネットやテレビが重く、不安を煽るような話題ばかりだと「自分も不安にならなくちゃいけない」という自粛ムードになります。世間がこんなに不安がっているときに、自分はのんきにしていてはいけない。楽観視するなんて考えが甘いのではないか……そんな気持ちになってくるんですね。

でも、実際はまったくそんなことはないんです。東日本大震災のときに「自粛」という言葉があちこちで使われ、大変な思いをしている人がいるのに、被害のない人たちだけが楽しくしているのはいけないことのような風潮が強くみられましたよね。

ウィルス感染の場合は、人が集まることで感染リスクが高まるので、イベントや行事の中止や自粛というのは的確な措置ではあります。

しかし「不安にならなきゃいけない」ってことはないし「自分も社会や国に対して問題提起しなければいけない」なんてこともない

「なんかみんな不安そうだけど、なんでそんなに騒いでいるのかな?」と疑問になったときこそ、自分だけの視点や考えを養ういい機会になります。

自分は自分でいい。不安な人は不安でいい。この境界線をしっかりもっておくことも、非常に大事だと考えます。

ネットに疲れると感じたら、潔く遮断すること

「なんだかネットに疲れた」

そう感じたときは限界値です。その不安からさらに不要な情報収集をしないことがいちばんです。

人は受け取る情報に対して、考えたり、心が揺れたりします。その心の揺れを、誰かにぶつけたりする人も出てきます。情報過多に気付かない人ほど、周囲にその状態を広めてしまうものです。

世の中のメディアがどんなふうに情報を出しているのか、どんな仕組みで不安が拡散していくのかを考えていくと「なんだ、実際はそんなに大したことではないんだ」とか「自分の生活に直接影響があるわけじゃない」と、自分の軸を元に戻すことができます。

大事なのは、まだ見ぬ不安や情報に飲まれることではなく「自分や大事な人たちの安定した生活」です。この記事を読み終えたら、スマホをそっと閉じて、好きな映画やドラマ、漫画や本などに没頭したり、好きな人たちと他愛もない話をして、身の回りの状態をもう一度把握してみるとよいかもしれませんね。/Kandouya編集部

おすすめ書籍《トラウマ・HSP・アダルトチルドレン》

スポンサーリンク

Return Top