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【episode4】些細な違和感を拾い上げ、先導していく。柚木いちとさん

ライター/柚木いちとさん

「そこに温度がある人たち。」Part3の第4回目は、ライターとして活動しながら2人の女の子を育てる「柚木いちと」さんのnoteを紹介する。

いちとさんは、noteやtwitterで子どもたちや家族との日常、機能不全家族、発達特性などについて発信している。いちとさんは「そこに温度がある人たち。」の企画、記念すべき第1回に登場してくれた。前回の紹介記事はこちら

自身の過去の体験と、現在の子育ての2つの世界を行き来しながら「本当に子どもたちを愛するために大切なこと」を探求している人である。

違いがあるからこそ、愛おしいんだ。

世の中は少しずつ、人の「違い」を認めて尊重し合いながら生きるという価値観が広まり始めている。

個性・気質・特性・多様性という言葉は、そこここで見聞きするようになった。

しかし、実際に日常生活で交わされる何気ないやり取りの中では、まだまだ「対比」や「比較」の意識が根強く残っている。そこにふと違和感を抱くことも少なくない。

年子で同姓である長女と次女はなにかと比べられることが多い。それは身内の中でもそうだし、学校の先生やお友達のお母さんもそうだ。そしてそれは、なにかとやれば何でも出来てしまう長女が常に褒められるというものだった。

「お姉ちゃんは勉強出来るね」

「お姉ちゃんはしっかりしてるね」

お姉ちゃん”は”ってなんだろうっていつも思う。長女が褒められることは素直に嬉しいし、親の私から見てもびっくりするぐらい出来た子だ。もちろん、褒められたら「ありがとうございます」とお礼を言う。でも、ずっと心の中がモヤモヤとするのだ。

反対に、次女が褒められることもある。

「次女ちゃんはとても優しいね」

でも、次の言葉は大抵、「お姉ちゃんも優しいししっかりしてるもんね」と言われるのだ。なんだよ、そこは次女を褒めるだけでいいでしょうといつも思う。長女が褒められるときはそんなことないのに。

この些細な違いが、母親である私の心の中で違和感として残り続けている。

違いがあるからこそ、愛おしいんだ。|柚木いちと note

人と比べる必要などない。なんでも相対的に見るのではなく「その子」「その人」を見るべきである。

それは多くの人が頭では理解していることだろう。

でも、心の奥深くに刻まれている既成概念は、言葉の端々に現れてくることがある。

これは、兄弟姉妹の間だけで言われることではない。たとえひとりっ子で育っているとしても、必ず対比は生まれてしまう。

たとえば、背が高いことを褒めるときに「お父さん譲り」としたり、美人であることを「お母さんが美人だからだね」と言ったりする。

遺伝的要素の強い外見についてならまだしも、成績がいいこと、スポーツに打ち込んでいること、性格の特徴に関しても同じように「比較対象ありき」の言葉をかけられることがある。

有名な学校に進学すれば「お父さんが立派だものね」

スポーツに打ち込んでいる話を聞けば「お母さんも、運動得意そうだものね」

テキトーな関連付け、イメージ先行の言葉ばかり投げかけられることは本当に多いものだ。

でも、多くの人がそれを当たり前の儀礼のような感覚で口にするのもまた事実。いちとさんは、そんな些細な理不尽さに対し、違和感をもてる人である。

「比べる」のは、判定ではなく違いを際立たせるため

「違いがあるからこそ、愛おしいんだ」の中では、子どもたちの中でもお互いに対比しあって葛藤する様子が書かれている。

勉強のできる姉に対して、妹がコンプレックスを感じていると吐露する。妹に引け目を感じた姉が、優しさから自分を下げてフォローしてしまう様子。

特に女の子同士で年齢も1つ違いという共感性が優位になりやすい関係では、いちとさんの長女のように、相手を励ますために自分を下げてしまうことが非常に多い。

いちとさんの娘さんたちのやり取りは、大人の社会でも同じだった。

「あなたって○○ができて、すごいよね。」「そんなことないよ、私なんか全然ダメで……」という、自分の努力や素質をないものにして、関係性を保とうとする図式をいろいろな場所で見てきた。謙遜するのが美徳だという価値観は、まだまだ根強い。

でも、いちとさんは娘さんたちのそんなやりとりを、毅然としながらも優しく誘導していく。

「長女ちゃんが成績良いのは事実で、それは長女ちゃんの日頃の努力があってのこと。他人に合わせるために、自分の頑張りを無しにするのは良くないことだよ。素直に、喜べばいい。良く頑張ったね。あと、次女ちゃんを気遣ってくれたんだよね、ありがとう」

うん、と長女は頷く。

「次女ちゃんも、良く頑張ったね。長女ちゃんにも得意なものがあるように、次女ちゃんも得意なものがあるよ。次女ちゃんは絵が上手でしょう。他人と比べて、自分が出来ないところを見て落ち込まなくてもいいよ。私なんか…は悲しい言葉だよ」

「そうなの?」

「うん。ママは、どんな長女ちゃんでも次女ちゃんでも大好きで大切。だから、ママは二人を比べたくなんかないよ。それに、私なんか…なんて言わないで、自分の得意なことを伸ばして楽しく笑っていて欲しいな。それに、比べるなら過去の自分とにしよう」

違いがあるからこそ、愛おしんだ。|柚木いちと note

自分を謙遜しすぎてはいけないこと。人に合わせて、できない自分を責めないこと。突出した能力や、努力の結果を見失わないこと。

違いがあるからこそ、愛おしいんだということ。

これを幼いうちから教えてもらえることに、羨ましいとさえ思う。先導して、優しく諭してくれるお母さんがいることに、ちょっと嫉妬してしまう。

きっと、子供たちの今の環境では他人と比べないこと自体が難しいんだろう。

違いがあるからこそ、愛おしんだ。|柚木いちと note

まだ「自分」というものが未完成で、はっきりと自覚できない幼少期は、人と比較しながら自分を知っていくのもまた事実だと思う。

この世の中自体、比較で成り立っている部分が大半を占める。自分と、自分以外で作られている比較の世界だと思う。

でも「複数の人と比較する」「特定の人と対比する」からこそ、自分の特徴や得手不得手、能力を理解することができる。そこに優劣はなくて、ジャッジする必要はないのだ。

そのことを、いちとさんの言葉ひとつひとつ、一文一文から感じ取ることができた。

比較や対比の世界で生きているからこそ「違い」を知ることができる。違いがはっきりすると、その人の全貌が際立って見えてくる。

良い部分も、ちょっとダメな部分も、全部愛おしくなる。

違いがあるからこそ、愛おしいんだ。そう思えたら、きっと今よりも優しい社会になれるのに。

違いがあるからこそ、愛おしんだ。|柚木いちと note

子どもだけではなく、すべての人にとって大切なことが詰まったnoteだった。家族の日常を切り取ったやりとりから、改めて身につまされることや理解していたようでしていなかったことなど、たくさんの発見があった。

これからも、温かく、深く入りこんでいくような素敵な文章を書き続けてほしいと感じた。

柚木いちとさんのnoteはこちら

柚木いちとさんprofile:夫と4人の子供達/長男発達(ASD)疑い/ライター/かがみよかがみさんでエッセイ書いてます→ https://mirror.asahi.com/author/11005067 /noteではエッセイ・創作小説/ご連絡はDMから/機能不全家族育ち/アイコンは制作していただきました。/発達関連のツイもします。

Kandouya編集部/夏野 新

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