kandouya

ネガティブ/マイノリティ専用WEBマガジン

【episode8】お母さん、息子さんはとっても優しく魅力的な人です。「サトウリョウタ」

サトウリョウタさん/ライター

「そこに温度がある人たち。」Part3の第8回目は、ライターのサトウリョウタさんをご紹介していきたい。

サトウリョウタさんは、「そこに、温度がある人たち。」の1月企画の最終回【episode20】に参加してくれた。彼は“kandouya編集長的、いま最も温度がある3人のうちの1人”である。

前回の紹介記事はこちら

前回の紹介記事をまだ読んでいない方は、是非先に読んでからこの記事に戻って来てほしい。というのも、これから紹介するサトウリョウタさんのnoteは、前回の記事の答え合わせのような内容になっているからだ。

サトウリョウタさんがなぜ「他人のためにしか頑張れない」のか。世界から言葉をひとつ消すならば、彼は迷わず「永遠」と答えるという。どうしてなのか。「正論に負けたい」と言う彼は本当に逃げであるのか。

是非彼のnote読んで「サトウリョウタ」という人生に向き合って生きている人間に触れてみてほしい。きっとあなたも心を動かされて、いつもより少し「やさしく」なった自分に嬉しくなるはずだ。

「僕は母が胸を張れる息子になれているだろうか」 https://note.com/ryota007/n/n6405cff723f3

サトウリョウタさんがお母さんと暮らしたのは21年だ。私たちが生きていくこれから先の長い人生を思うと、21年という時間にたいしてもっともっとと欲してしまい、切なくてたまらなくなる。

あの日から7年が経った。当時21歳だった僕は、28歳になったいまでも母が胸を張っていられる息子でいることができているんだろうか。もし胸を張れない息子だったら、悲しいし、もっと頑張らないとなって思う。

僕は母が胸を張れる息子になれているだろうか  https://note.com/ryota007/n/n6405cff723f3

 

私も大切な人の死を3年前に経験した。一番長生きするだろうと思っていた祖母も癌を患ったのだ。私は衰弱してカサカサになった祖母の唇にリップクリームを塗りながら、最期まで病気と戦い必死に生き抜いた人の「生と死」を見つめた。

私の祖母が亡くなったとき、私は22歳だった。私がこれから80歳まで生きるとして、そのうちの22年間しか祖母と一緒に生きられなかったのだ。

「なんて短いんだ」

私は亡くなった祖母を思い浮かべ、その言葉を反芻すると今でも涙が止まらない。

サトウリョウタさんがお母さんを今でも思う気持ちが、痛いほど私の中にも流れ込んで来る。

「母は強し」という言葉は本当だった。守るもののために、いつも以上の力を発揮する。そんな母の姿を見て育ったからか、いろんな人に優しいと言われるようになった。でもさ、それはぜんぶあなたの受け売りなんだよ。あなたがしてくれたものを、ただ真似しているだけだ。母ちゃんの子に生まれて、僕は本当にラッキーだったよ。

僕は母が胸を張れる息子になれているだろうか  https://note.com/ryota007/n/n6405cff723f3

 

私も彼の綴る文章からあふれる「やさしさ」に安心を得た1人の読者だ。そして、たくさんのnoteを書き上げたサトウリョウタさんの心の中では、きっとお母さんの「よく頑張ったね」と声が響きわたっているはずだ。

だって彼の文章が他人に与える満たされるような心の動きは、お母さんが望んだ「やさしい人」 そのものじゃないか。100点満点のnoteである。

もし、心の中のお母さんの声が小さいのなら、私が一番大きな声で「サトウリョウタはやさしい人だ」と叫ぶ。きっと彼のnoteで救われた大勢の読者からも「私も叫ぶ!」とたくさん声があがるだろう。

「難病になって1年半、ようやく向き合い方がわかってきた」https://note.com/ryota007/n/nbb04c2250055

「どんな問題も時間が解決してくれる」とよく耳にする。でも、それはきっと時間をかけて、ちゃんと向き合って、立ちふさがる壁を乗り越えてきただけだ。周りの人への感謝の気持ちも忘れてはならないが、ちゃんと向き合い続けているじぶんも褒めてあげなければいけない。

難病になって1年半、ようやく向き合い方がわかってきたhttps://note.com/ryota007/n/nbb04c2250055

 

まさしく、彼がここまで必死に生き抜いた経験や努力が生み出した文章である。これほどまでに、人が何かを乗り越えた時間や思い出の重さが伝わってくる文章はあるだろうか。サトウリョウタさんの文章には心臓のような重みがある。彼が受け止めてきた人生は想像を絶してしまう。「君はまだ28歳なのに」と思う人もたくさんいるはずだ。

この気持ちは同情ではない。羨望に近い感覚がある。

人はなにかしら生きづらく、目をそむけたくなる出来事も多い。

人生は「まさか」の連続で、坂を降っているときは、目の前にあるものに気づけないものだ。大事なものを見失いそうになったときは、深呼吸をして、いま目の前にあるものを数える。そして、僕の命はじぶんのものだけではないと言い聞かせる。

難病になって1年半、ようやく向き合い方がわかってきたhttps://note.com/ryota007/n/nbb04c2250055

 

早くにお母様が亡くなったのも、サトウリョウタさん自身が難病を患ったのも「まさか」の連続だったはずだ。予期できない。彼は幾度となく襲い掛かる形のない黒さに飲み込まれないよう、必死に生きてきたのだ。読者も自分と重ねては彼に倣って行動を起こす。彼は、読者に「生」を示し続けている。

言葉で言うのは簡単だけれど、実際に行動は移すのは本当に難しいものだ。どうしても苦しいときは、周りに頼って、正しい道へと戻してもらう。大丈夫、僕は1人じゃないし、みんなも1人なんかじゃない。

難病になって1年半、ようやく向き合い方がわかってきたhttps://note.com/ryota007/n/nbb04c2250055

優しい。なんて暖かいんだろう。何人もの人達がこの言葉を目で追って肩の力を抜きながら「助けてって、言っていいんだ」と涙を流しただろう。

「助けて」が言えなければ「悲しい」で十分である。小さな声だとしても、気持ちを言葉にするのはとても勇気がいるはずだ。でも、ほんの少しの勇気でいい。どんなに小さな声でも拾ってくれる人は必ずいる。彼のように「やさしい人」はあなたが思うより近くにいる。

彼の文章は、彼が乗り越えた経験の分だけ人に優しい。乗り越えたもの背負ったもの、一つ残さず目をそらさなかった立派な結果である。

「やさしい」人になりなさい」
https://note.com/ryota007/n/nba61d982118d

たくさんの人にやさしさをもらうたびに、じぶんはこのやさしさをどうやって還元していこうかと考えてしまう。この癖はもう直らない。だから、その前段階として、もらったやさしさを噛み締めることにした。

やさしさをもらえることは、当たり前ではない。

やさしさをもらった分だけ、誰かにやさしさを還元していく。

これは母の教えだからとかではなく、僕の意思でやるだけだ。

やさしい」人になりなさい

https://note.com/ryota007/n/nba61d982118d

 

サトウリョウタさんのこの癖は、私もとてもわかってしまう。もらった「やさしさ」が大きすぎたとき、とても嬉しくてどっぷりその「やさしさ」に甘えたくて、でもなんだか怖くなるのだ。

「やさしさ」を与えてくれた人を失ったらどうしよう、もらった「やさしさ」をすぐに返さなきゃ嫌われてしまう。そんなふうに私も怯えてしまう瞬間が多かった。そして、私もまずは「やさしさ」を噛みしめるように「うれしい、ありがとう」と微笑むから始めたのだ。

“やさしさをもらった分だけ、誰かにやさしさを還元していく” この一文はやっぱりかっこいい。彼は「やさしい」だけじゃなく、自分の武器もちゃんと見つけているのだ。

冒頭の問いの答えはもう分かっていただけただろうか。

サトウリョウタが「他人のためにしか頑張れない」のは優しいから。世界から言葉をひとつ消すならば「永遠」と答えるのも、期待と裏切りの間で揺れる優しさを知っているから。

「正論に負けたい」と言えるのは彼の逃げではなく、彼が自分の武器を研いでいる瞬間なのだ。サトウリョウタは「やさしい」だけじゃない。抱えきれないたくさんの魅力を彼はもっている。

サトウリョウタさんのnoteはこちら

サトウリョウタprofile:ライター/PR/広報 ▼大阪出身▼会社員→バー運営→フリーランス▼エッセイ、取材、恋愛、SEO系の記事が得意です。▼音楽と植物鑑賞、読書、妄想が趣味▼カフェ紹介bot▼note毎日更新(550日突破)▼ミスチルが好きですinstagram.com/strt358/

/ソラ

Return Top