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【episode2】「わからない自分を否定するな」ゆこ@至心舎

引用:https://note.com/ykshishinsha/n/n8e48813e2007

「そこに、温度がある人たち。」第二回は、ゆこ@至心舎さんのnoteをご紹介したい。

「名前なき存在も 言葉をもてば強くなる」を読んで私はとても心に響いた。まず、お嬢さん(娘さん)のことについて書かれているこちらの記事で、数字への理解の違いや人と違う特性を持つ我が子に対し「わからない自分を否定するな」とすぐ言える考えられる人は少ないからだ。

我が娘ながら、きちんと「個人の人格」を大切に見ている、そう思った。

「苦痛だったら、無理にわかろうとしなくていい」

実際、なぜなのか端で見ていても不思議なくらいだから、どうやったら覚えられるのかというアドバイスは余計に彼女を混乱させる。そんなときに私が言えるのは、わからない自分を否定するなということだけだった。苦痛だったら無理にわかろうとしなくていい。住む世界が違うんだよたぶん。

「全部まぶしくて、うるさくて、しんどい」

https://note.com/ykshishinsha/n/n8e48813e2007

耳から入る情報の整理が苦手な人や、感覚過敏を持つ人がいる。それはただ、走るのは好きだけど泳ぐのは苦手、ハンバーグは好きで野菜は嫌いということとなんら変わりないと、私も思っている。

ゆこさんのお嬢さんも同じように、曖昧な表現やたとえ話、抽象的な関係性の理解を、誰しもができるとは限らない。人が見ている世界は他人から見ると驚くほど違い、その多くは「違い」を無理に混じり合わせようとして、失敗してしまう。

特に親子関係であった場合は、自分の理想や幼少期と重ね合わせたり、血のつながりから「こうであるはずだ」と思い込んでしまう事だってある。だけど本当は、むりやり混ぜるのではなく、見ている「当たり前」の違いをともに驚き「そうやって見えているのか」と言ってあげられたなら、どんなにいいだろう。

「わからない自分を否定するな」

人間ってこの一言に大事なことが集約されている。「わからない」は誰かの「わかる」であり、「わかる」は誰かの「わからない」でもあるということを、否定しない。そうだ、そこからなんでも始まる

彼女には毎日なにかしら驚かされる。
同じ言語の上、同じような文脈で話していても、受け止め方や了解の程度はまったく異なるものなのだという、あたりまえだが忘れがちなことを、毎回思い出させてくれる。

私が驚くと、彼女も驚く。

「みんな、こんなふうに見えてると思ってたから」

彼女は彼女で、他の世界の見え方を知らないから、今まであたりまえの景色だと思っていたわけだ。そりゃそうだろう。誰もが自分の目線でしか価値を知らないのだから。

https://note.com/ykshishinsha/n/n8e48813e2007

言葉は、概念の輪郭をつくる。これまで意識しなかったことが意味をもつようになり、俯瞰したり連想したり、関係を考えるようになる。

彼女は、少しずつ、少しずつ、自分のこれまでの状態を言葉にのせて表現できるようになってきた。毎回すべてがばらばらの粒子になってしまうため、毎回同じような対話から始まるのだが、それでも少しずつ前に進んでいる。

https://note.com/ykshishinsha/n/n8e48813e2007

「自分をちゃんと表現できる言葉の獲得」を一歩ずつ積み上げる中で、きっとゆこさんも娘さんも、お互いの持つ世界を分かること見ることができていくのだ。いや、スピードが個々に違うだけで、人間はみなそうだ。

そんな風に日々、自分と他人との違いを純粋に驚き、否定せず楽しんでいける人間でありたいと、私も思わされた。

今、時代の流れは大きく変わってきている。「個が活きる」ってどういうことなのか。人を区分けしない世界を求めたことがある人にぜひ、ゆこさんの記事を読んでもらいたいと思う。

ゆこさんのnoteはこちらhttps://note.com/ykshishinsha

ゆこ@至心舎profile:編集ライター&防災ファシリテーター。 企画・編集、校正・ライティング、DTPデザイン、情報発信、ワークショップ支援など。 防災やリスク管理に関するセミナーの講師としても活動中。 大阪ものかき隊編集校正部部長。防災士。ソーシャルビジネスサポートセンター嘱託講師。

Twitter:https://twitter.com/yk_shishinsha 

kandouya編集部/森花

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