kandouya

ネガティブ/マイノリティ専用WEBマガジン

【episode8】「感性×賢さ」のキレモノ。みず吉×四宮麻衣

みず吉さん/フリーライター×大学院生

「そこに、温度がある人たち。」2月の第八回は、みず吉さんと四宮麻衣さんをご紹介していく。

(2月の参加者と言いつつ、2月を過ぎてしまってごめんなさい……)

(多忙につき遅れるポンコツ編集長です……)

気を取り直して、キレモノなふたりを語っていきたいと思う。

生きているだけで誰かの役に立つのか? ー『大学(院)生×ライターという生き方』を受けてーhttps://note.com/mizumizuc/n/nae1351fc9874

そういえば、昔から「誰かの役に立ちたい」と思って生きてきた。

一時期、誰かの役に立てるなら自分には存在価値があるが、誰の役にも立てないのなら自分には存在価値がないのかもしれないとすら思っていた。

自分で自分が誰かの役に立っているのかよくわからなかったので、人の役に立てるように努力してきたつもりだ。

生きているだけで誰かの役に立つのか? ー『大学(院)生×ライターという生き方』を受けてーhttps://note.com/mizumizuc/n/nae1351fc9874

「生きているだけで素晴らしい」とはよく聞くが、本当に「生きているだけで誰かの役に立つのか」と自分に問いかけて思考を巡らせている人を見たのは久しぶりである。

というのも、kandouyaで長く執筆・編集をしている「夏野新」が、同じことをよく言っていた。私にとって、この問いを見せてくれた2人目の存在なのだ。「生きているだけでいい」と思えない。「生きているだけでいいと思えないから、人は生きるのではないか」と夏野もよく口にした。

みず吉さんもまた、「誰かの役に立つこと」に対して深く考え、結果「自分として生きていることが、結果的には誰かの役に立つことになるかもしれない」という経験をした。

このnoteには、その思いと考える能力の高さ、思考の深さがよく見える。

「役に立つ」という言葉の意味から調べるあたり、感性と論理をつないでいく作業をちゃんとする人である。単純に頭がいいということもあるが、そこに感情が思い切り乗ったとき、みず吉さんという人間が爆発する予感がする。

みず吉さんが書く弱さ情けなさ滑稽さを書きなぐったようなnoteもぜひ読んでみたい。

そういった意味でも、私はすごく興味があるしこれからの色々な人生経験の中でもっと鮮やかになっていくであろうその文章を待っていたい。そう思わせた時点で、みず吉さんには温度があると言える。

みず吉さんのnoteはこちら→https://note.com/mizumizuc

みず吉profile:考える × 書くが仕事¦誰かの思考のヒントになれたら¦日常の出来事をきっかけに考えたことを執筆します¦フリーライター¦大学院生(修士)¦哲学・思想¦昼寝・散歩好き¦

四宮麻衣さん/ライター・翻訳者

続いては、四宮麻衣さんだ。まず第一印象。みず吉さんもそうだけど「ものすごく頭がいいんだろうな」ということ。勉強のことじゃなくて、回転率の話ね。

横貌/掌編小説 https://note.com/maishinomiya/n/ne2ea071cedc7

十分に優しいこの人の、作り笑顔の正体を哀しくも知るゆえに、頑固を通した。
器用な手付きで三日分の食費を消したあと、私は鏡を探したくなる。
怖いくせに。
それでも、向こうに映る人は、気まぐれに励ましにやって来る。
待ち人、来らず。

横貌/掌編小説 https://note.com/maishinomiya/n/ne2ea071cedc7

「ヨコガオ」が読めなかった人、正直に手を挙げてみなさい。先生は怒りません。はい。

冗談はさておき、「横顔」を「横貌」と表現する時点でもう違うなって思っちゃうわけ。たった一つの漢字の使い方も変えてくるのが「小説家」って感じするよな。(え、なんか幼稚園児みたいなこと言ってる?

四宮ワールドというものがすでにしっかりとあって、人間のやりとりの一部や側面(たとえば恋)を切り取っているがそれがこんなにも書き手によって変わってくるものなんだなとつくづく感じる。

ここで出すのもなんだけど、四宮麻衣さんの横貌を読んだとき、そこ温の1月参加者「藤田七七」を思い出した。細部の言葉使いのセンス、どこか切ない哀愁のようなものを内包した物語、どうやってもダサくなんないんだろうなと感じさせる人。→「藤田七七」はこちらhttps://kandouya.net/special/note/9282/

他に、わけがあったのかもしれないね。
あなた、きれいだよ。
私を生んだ人はきっとこう云う。
云わない。
花を折々、演じては、どこか誇らしい笑みを浮かべるその様を見たかった。

それきり、音が無かった。
私の横貌は、不合格だった。

横貌/掌編小説 https://note.com/maishinomiya/n/ne2ea071cedc7

「答え」を読者にゆずってしまう人っているじゃない。読む側の捉え方によって変わってくる答えを怖がっていない物書きの人。四宮さんも、読者の想像力や経験値に答えを任せている、委ねていると思った。

そういう意味では、どっしりしているタイプの人なのかもしれない。すごく面白くて独特で、私はもう少し「この人の事が知りたい」と思ってしまったので、そこに温度がある人だと言える。

みなさんもぜひ読んでみてほしい。

四宮麻衣さんのnoteはこちら→https://note.com/maishinomiya

四宮麻衣profile:小説、エッセイ、詩、雑記。書く題材によって文体の差が大きいです。 貴重なお時間でお読み下さる全ての方に、感謝の気持ちでいっぱいです。たまに翻訳のお仕事しています。ご連絡はTwitterのDMからどうぞ。

kandouya編集部/森花

Return Top