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誰かをマネて切り貼りした自分が、ずっと気持ち悪かった

近年、時代の変化とともに「もっと自分に正直に生きよう」「自分の心の声に耳を貸す」という考え方を見聞きする機会が増えた。

これまでの時代は、社会に足並みをそろえることや、一定の基準を満たすことがよいことであり、幸せだと考えられてきたからだろう。

その弊害として、人は自分の可能性や限界値を自分自身で見限ってしまうようになったし、枠からはみ出ることや一般的ではない考え方や感覚、行動をとることに大きな恐怖を感じるようになった。

これは、もちろん現代に始まったことではないのかもしれないが、私は個人的に戦前の知識に乏しいので「現代は」という風に書いている。

普通という概念から抜け出ること。一般的によいとされる価値基準に執着しないこと。

それは、単純にお金に執着しないとか、地位や結婚などといったものに固執しないということだけではないと、感じている。

私は自分に正直に生きるとは、仮に本当の自分が社会の「普通」からどれだけ逸脱していたとしても、大事な人を悲しませる結果になっても「私はそういう人間である」と受け入れることなのではないかと思っている。

この話がどれだけの人に伝わるかわからないけれど、今思うことを正直に書いてみようと思う。

嘘ばっかりの人生だった

Photo by Alexis Brown on Unsplash

私は今まで、嘘ばっかりの人生だったなぁと思うことがある。ここで言う嘘とは、注目されたくて話を大きく盛るとか、人の気を惹くために面白おかしい話をするとかそういうことではなく「環境に適応するために本心とは違ったことを口にしたり、本心とは違った振る舞い、表情をする」ということだ。

私は、自分の気持ちや意思を、本心とは違う形で表現し続けてきた。そして今も、本心とは違う形で表現しているかもしれない。

相手の表情や声色、行動、趣味嗜好などを模倣することで、自分をパッチワークのように完成させていく作業に近かった。

「これおいしいね~!」と誰かが言うと「うん!おいしいね」と、相手の表情や口調を真似る。一緒に映画を見て泣いている人がいれば、私も同じように頑張って泣いてみる。

「あんたも一緒に万引きしなよ」と言われれば、一緒にやってしまう。ブスだメガネだとからかいバカにされれば、その相手と同じ調子をマネして言い返した。そんなこともあり「自分が悪いことをした」という意識が薄いまま、叱られたり批判されることも多かった。場面ごとで模倣すべき人が違うこと、そして模倣していいこととしてはいけないことの判断はとても大事なのだと知ったのは、18歳くらいになってからだったと思う。

しんどくて気が乗らない遊びを繰り返しやっていても、顔は笑っている。

悲しいね、かわいそうだね……と言われたら「うん、かわいそうだね」と言って一生懸命泣き、後日学校の作文でそのときのできごとや、一緒にいた人の気持ちを模倣して書くこともよくあった。

しかし、私はこうやって後から自分の行動を思い返したときに「あのときはほんとに嫌だったなぁ~」とか「あれはいい思い出だなぁ」と、自分自身の感情が認識できる。

当時は、一緒にいる誰かしらに合わせて過剰適応することしかできなかったが、今となっては当時の自分の快不快や感情がわかるのだ。これは、子どものころだけではなくて、ほんの数か月前や現在のことでも同じだ。

私は、自分の感情を言語化する能力がとても弱く、感情がどうしても後出しになってしまう。数時間後に出てくることもあれば、何年も何年も経ってやっと自覚できることもあって、いろいろだ。

しかし、たまにポロっと「あのときは嫌だったなぁ~」なんて言ってしまうと「喜んでたじゃん」「嘘だったのかよ」という印象になってしまう。そういう相手のがっかりした顔や、驚くような表情を見ると「しまった!」と思う。まるで、嘘がバレたときと同じように。

私は過去の自分を思い返してみて「嘘ばっかりの人生だった」と思う。その場その場で誰かになりきっていた。思い返せば「本当のことを言って?怒らないから」と母親がのぞき込む顔も思い浮かぶ。

母は私のことを「表情もないし、リアクションも薄いし、目力もなくぼーっとしていて、大丈夫かなって思った」と話す。決して皮肉ではなく、その通りだったのだと思う。母は、私がこのままでは社会に馴染めない、立派な大人になることができないと、怖かったのは事実なのではないかと思う。

パッチワークの自分が気持ち悪い

ちょうど小学校5年生のころから、私は自分をパッチワークする技術が上がりだした。メタ認知能力が付く年齢で、自分のことを客観視できる年齢、それが前思春期という時期である。

母や周囲の大人は「このままだとろくな大人になれない」というような目で見ることがあった。それに加えて、クラスの中でも自分が11歳の女の子として、浮いているようだった。私のことを陰で「やばい」と言っている人もいた。

しかし、私はそういう陰口や批判のような言葉を「悲しい」と思わなかった。いじめられていることに気づかない、という人がよくいるけれど、そういう感じに似ているかもしれない。

何人もの大人やクラスメイトが私のことをやばいと言っている。だとすると私はこのままでは排除される可能性があると思った。そこから私は、さらに周りの女子やテレビ、漫画などといったものから「普通の女の子」になるための模倣作業を始めた。

好きなテレビ番組から髪型、持ち物といったものに気を配るようにした。

私は、自分を生き残れるようにパッチワークしていくことが上手だったようだ。中学でもそうしていた。中学3年から高校2年まではメンタルの調子を崩していたのであまり記憶がないけれど

結婚後も出産後もずっとそうやってパッチワークを続けていたと思う。

適応能力があるのはいいことだ。ずっとそう思ってきた。

私はその都度感情に振り回されることなく、今やるべきことを遂行する目的本位の姿勢を貫くことができていた。

でも、思い返すとどの時代の自分も、気持ち悪い。

きっと、どの時代のどの自分も、私を構成する一部なのだろう。どの時代の自分も、今の私を形成するために必要な要素だったのだろうと思う。

でも、思い出すと、恥ずかしいを通り越して「気持ち悪い」と思ってしまうのは事実だった。

普通に適用するために、枠からはみ出ないために、本当の自分が「このままではどうしようもない」子どもであることが周囲にばれないように。

合理性から生まれる感情の共振

Photo by Gaelle Marcel on Unsplash

感情や意思を自覚できないまま、誰かのマネをして「普通」や「イケてる」かぶりものをしている自分は本当に気持ちが悪かった。でも、思えば小学校5年生からつい最近までの自分は全部かぶりものの自分だったので、ほとんどが嫌な印象である。

しかし、私は物書き始めてからというもの、自分を気持ち悪いと思うことが格段に減ってきた。それは、書くことで自分の感情や自分の意思が少しずつ分かるようになったからだ。

私のように感情を認識するのが苦手な人は、周囲の人や自分の気持ちに関心をもって、日記や手紙などの文章を書くことで感情認識のトレーニングになるとされている。

自分の気持ちを話すことは苦手でも、後から思い返した感情や思いは「書く」ことができる。書きながら自分の感情に気づくことも、たくさんある。実際接した相手に読んでもらうことはないが、どこかの誰かがかならず読んでくれる。ありがたいことだ。

私は自分がないわけではなく、自分を理解しにくいという特徴をもっているだけだったようだ。人より時間はかかるが、書くことで「自分が何を感じたか」を自覚しやすくなってきた。

そして、ぼんやりしていた感情にフォーカスするトレーニングをしながら書くため、自然と読んでいる方にその感情が伝わることが多いようだ。

小説家になりたい!腕の良いライターになりたい!と思うことはない。もちろん書くことでお金を稼げたらいいな……という気持ちから始めた仕事なのは確かだけれど、そこに夢やこだわりがない。仕事を始めてからも他の人を模倣することがあったけれど、そんな自分を見て「なんか、気持ち悪い」と感じることはすべて手放した。

夢やこだわりがないということに多少コンプレックスを感じたこともあったが、もがいても変わらなかった。

私は読んでくださる方の役に立ちたいという立派な動機ではなく、どこまでいっても「自分を知るため」という自己満足な目的のためにやっているのだなぁと若干あきれる。

それでも、合理的な理由で書いている文章から、感情の共振が起こるというのは実に不思議だと思うし、素敵なことだと思う。自分を表現するとは、素敵に見えることでなくても、アーティスティックでなくてもいいのだと身をもって感じている。

理解されにくい。それも自分である

私は感情よりも思考で動いているので、ときどき昔と同じように自分の意に反することにも従ってしまう。

気持ちを聞かれてもわからないときは「う~ん」とごまかしたり「考え中」で切り抜けたりすることがある。家族はさぞかし、私が何を考えているかわかりにくいだろうし、指摘されたり叱られたりすることももちろんあった。

自分の感情を認識できていないときに、無理して感情を形容する言葉を使うと、思ってもいない嘘を口にしているという罪悪感が付きまとう。だから自分を受け入れてくれる人に対しては、濁したりごまかしたりして甘えてしまうことが多い。

でも、やっぱり感情ではなく思考で応えていることも多い。さみしいのにさみしくないと言うし、楽しくなくても楽しいと言うだろう。最初の「さみしい」も「楽しくない」も、はっきりわかっていないのでしかたがない。

これが私の最大限の表現方法である。ありのままの自分や、自分の素直な気持ちを出してなどと言われるのが一番混乱するのだ。

自分がこんな性質であると誰かに言ってしまうことで、何が起こるかを考えると少し怖い。もう、二度と私を信用してくれなくなるのではないかと思うからだ。

「何で言わないの?」「何で本当のことを言ってくれないの?」「こっちのせいなの?」「また嘘を言ってるんじゃないの?」

そんな風に受け取られてしまうことはこれまで何度もあった。

でも、それが自分なのだからどうしようもない。なるべくわかりやすく話す努力をすること、そしてそういう人がいるということを広く知ってもらうために尽力したい。

基準はもういらない。新しい枠も目指さない。

Photo by KAL VISUALS on Unsplash

時代の流れが大きく変わっていく中で「普通」とは何なのだ?という議論がされることも多くなった。

自分のやりたいことをやろう。

自分が望む生き方をしよう。

そんな風に言われると、何か新しいことを自ら始めなくちゃいけない気持ちになったり、これまでとは全く違う畑に飛び出していかなければいけないような気がする。自分の本当の声っていったい何なんだろう!?と迷走し、インナーチャイルドやスピリチュアルな分野に走りすぎてしまうこともある。

しかし「なぜ誰もが能動的にならなければいけないのだろうか?」という疑問がずっと頭に残っている。

世の中「自分の気持ちがわかる」「自分の意思がある」というのが普通、になってしまっているのではないか。なんだか、理屈っぽくて書きながら自分でも嫌になってくるけれど頑張って続ける。

普通にとらわれなくていい、多様性があっていい。そう多くの声が上がっている中で、その方向性は「自分の意思を強く持って」「もっと自由に生きる」という一つの価値基準が設けられているように感じてならない。

すべての人に「自分のやりたいこと」があるとは限らないし、今はまだ自分がわからない人もたくさんいるだろう。

決められた仕事を、言われたとおりに遂行すること。一つの場所で長く経験を積むこと。敷かれたレールに沿ってきっちり物事をこなすこと。古臭くても、決められたことに従う生き方をしてもいいと思う。

自分にフォーカスしすぎると苦しくなる人も、きっといるだろう。自分を構成しているものは全部誰かの影響であり、誰かの模倣なのだから。

ただ、そうしているうちにいつの間にか「自分」として定着し、根付いているものがあるということも、ちゃんと自覚していきたいと思う。/夏野 新

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